今回の依頼品はWAGNER裏定例会がもたらした惨事と言ってよかろう。裏定例会で五寸釘の頭を平らにし、フォークを曲げてNo.146のピストンを外す事に成功した会員の事故。いったん外したペン芯とペン先を首軸に押し込む際に、首軸から先をずいぶん出したままにしたとか。そのほうが書き味が柔らかいと誤解したのか? ・・・・ ペン先が不安定になるだけで良い事は何も無いので即刻やめるべき。
その状態でキャップを捻って締めたら、ガガガガガァーという音と共に変な感触!あわててキャップを外してみるとペン先が無残に曲がっている!それを直そうとペンチでいじっているうちに収拾がつかなくなったらしい。 それが左図の状態。一端バキっと曲がったら、あわてずそのままの状態で修理に持ち込めばよい。その場合は曲がっている状態からさらに曲げてから一気に伸ばすのじゃ。そうすればかなり綺麗に真直ぐに伸びる。それをあわてて曲がった状態から反対側に伸ばそうとすれば波打って酷い状態になる。
これがその状態。ペン先を上から見るとそれほど曲がっているように見えないが、横から見ると悲惨。しかもたいそう波打っている。伸ばそうとしてあわてるとこうなる。何事も修理技術に長けた人に任すのが良い。通常、ここまで曲がってしまうと修理は困難になる。何度も伸ばそうとペンチを使っていると、ペン先に亀裂が入ってしまう。
それが左の図。これはペン先の裏側に入った亀裂。この状態で大型の回転式研磨機にかければ、亀裂部分から先が吹っ飛ぶ可能性が非常に高い。
従ってプロはこの状態になったペン先の修理は受けてくれない事が多い。なぜ知っているか? ・・・・ 拙者も何度かこういう状態にして修理を断られた経験があるからじゃ。
さてこの状態からどうやって直すか? 依頼者は何本も万年筆を持っており、今後も何本も購入するじゃろう。このNo.146とて長期間愛用するのではなく、【1970年代No.146でペン先が柔らかいタイプの18C付き】としてコレクションが目的と見た!
従ってまずは見栄えを改良し、次に書き味をオリジナルよりも柔らかくすることにする。というか柔らかくなってしまう。傷を消す為に表面を研磨するのでな。またスリット内部の蛇行を直すためにスリット間隔を拡げる。結果としてはインクフローはドバドバ状態になり、依頼者の好みに近づく事になる。予定通りに調整できればじゃが・・・途中で亀裂の芽からポキリと折れるやもしれぬ。そうなったら蝋付けするしかなくなる。そうならないように細心の注意を払っての調整じゃ。
直すにあたっては隙間ゲージ、高級割り箸を削った物、時計修理用のトンカチ、壷押し棒、ゴムブロック、金磨き布、耐水ペーパー各種をフル活用した。拙者にとっても【亀裂の芽があるペン先の修理】は初めてなので、慎重に、慎重に・・・時間をかけての調整となった。 その結果左図の状態まで直す事が出来た。比べない限りこれが修理したペン先とは気付くまい。修理の中で左右のイリジウムの先端位置がずれてくるので、それを合わせる為にイリジウム先端を削り、Bの形状をしたMのペン先を作ってみた。開高健モデルのMに見受けられる研ぎ方だが、これが極めて格好が良いので、機会があれば真似て研いでいる。
今回は修理という名目でこの研ぎを施してみた。左図のように、研磨したことによってスリット間隔が広くなっている。従って先端だけスリット間隔を狭めると不細工。かといって表面を削って柔らかくしたニブのスリットを空けすぎると、筆圧を掛けた際にインク切れを引き起こしてしまう。このあたりを微調整しながら画像の状態まで持ってこれた。
では筆記してみると・・ハネの美しい綺麗な筆跡が得られる。しかもこれだけではない。ペンをひっくり返してして裏書きしてみると・・・万年筆が発売されてからこの瞬間までに製造された全ての細字ペン先の中で最高の書き味ではないかと思われるくらいの書き味!うっとりとしてしまう。細字スタブとでもいう筆跡・・・まさに珠玉の逸品になった。 大成功じゃ! 大げさ表現の極致じゃな・・・