今回のNo.149は開高健モデルのM。過去にEF、Bは紹介したが、Mは初めてじゃ。実は開高健モデルはMが最も美しい。Mでありながらペンポイント先端の形状がBのように角ばっているのが特徴。過去に何本も手に入れて完璧な状態にしてはお嫁にやったが、一本くらい残しておけば良かったな。
ペントレが終わる度にそういう気持ちになる。日常使用の万年筆がことごとくお嫁に行ってしまう。従って待機していた物の封を切ることになる。今回はPelikanのナイアガラとNord/LBが現場に出てきた。ただしBとO3Bから研ぎだした3Bなので、マス目を埋めるような字は書けない。こんな時、開高健モデルのMがあったらなぁと思う。 依頼主の要望は、例によってインクフローの改善じゃ。さほど低くない筆圧であっても書き出しでインクが出ない状況には我慢が出来ない人は多い。メーカーや昔ながらの職人さんは、ペンポイント先端がくっついていない状態を極端にいやがるが、実際には多少離れていたほうがフローは良い。過去のしがらみが無いイタリアメーカーの中には、スリットを開いて出荷し始めている会社もある。ペンクリでも最も多い処置がスリット拡げと聞く。なのに何故スリット先端をくっつけたまま出荷するのか?拙者にはまったく理解出来ない。開いたスリットを狭める調整のほうが、拡げる調整より楽なので、開いて出荷するほうがリーズナブルなわけじゃが・・・
ペン芯の位置も、拙者の美意識からすると前過ぎる。これは趣味の問題。もう少し前の方がインクフローが良いと考える人もいよう。が、拙者が調整する場合には、依頼者から100%お任せでの調整依頼しか受けない。拙者が調整するスリットの位置が、依頼者の趣味に合わなければよそで調整いただけばよいと考えている。調整師は自分が信じる最高の状態を再現するのであって、不器用な依頼者の変わりに手を動かす存在ではない。もちろんある日突然拙者の美意識が変わる事はある。かなり頻繁にな・・・
ペン先表のエボ焼けは殆ど無い。首軸からにじみ出たインクが溜まる所に薄っすらとエボ焼けがあるだけじゃな。これで一度も掃除していないと考えるのは不自然。むしろ、一度は分解してペン先の上部だけ清掃したと考えたほうが説明が付く。おそらくは以前の所有者だろう。
それに比べて裏側はひどいエボ焼けじゃ。しかし不思議。一番濃い茶色になっているのは、インクや空気の通り道。エボナイトに接している部分は薄い茶色で、ペン芯の溝の隙間の部分はまったくエボやけしていない。硫化ガスがエボ焼けを引き起こすとすれば、酸素と硫黄分が混じりやすい空気通路こそが焼けるはず。ところがインクと接しない部分のエボ焼けは少ない。
エボ焼けにはインクがなんらかの作用を及ぼしている事は間違いなさそうじゃな。はて何じゃろう?Montblancの黒インクを使うとよく焼けるとも聞くが・・・ こちらは、エボ焼けを全て取り去ったペン先の裏画像じゃ。ここまで磨くのはけっこう時間がかかった。エボ焼けがインクフローに悪影響を与えるかどうかは証明されてはいない。ただ、調整する際に、いっしょにエボ焼けを取り除くとインクフローが良くなるのは事実。エボ焼けをそのままにしてアセンブルした事が無いので証明が出来てはおらんのじゃ。今回、インクの通り道にエボ焼けが多いということがわかったので、インクフローを悪化させる要因である可能性は高くなってきたな。
こちらがペンポイント先端を開き、ペン芯を多少後ろに下げて首軸に取り付けた画像じゃ。拙者は昔はこのペン先はBだと考えていた。しかしBの太さとは明らかに違う。これがMだと気づいた時には身震いした。弾力がある柔らかさはMでしか出せないと思う。このMを使ってしまったら・・・次の浮気までにはしばらく時間がかかるじゃろうな。
こちらがスリットの状況の拡大図。腹開きにすることはもちろんじゃが、スリットの程度も美観とインクフローに大いに影響する。拙者が好きなのはこの程度じゃ。ラッピングフィルム一枚よりも狭い幅。このあたりの調整が一発で出来るようになればNo.149の調整師軍団の一員に入れるじゃろう。
【 今回の調整+執筆時間:3.5時間 】 調整2h 執筆1.5h