今回の依頼者は2007年06月04日に掲載した【No.146 14C-KM】と同一人物。Vintage Montblancに嵌った者が一度は通る王道【No.146 & No.142】を走っているようじゃ。それもものすごいスピードでな。
拙者が高級万年筆を初めて購入したのが1983年で、Vintage Montblanc【50年代物】を初めて入手したのは、それから15年後じゃった。わずか数ヶ月で依頼者がここまで到達したのは何故か?
端的に言えば【あおり】のせいじゃろう。回りに保菌者がいると感染スピードは速い。しかもあおる人もまた、あおられている途中だったりすると、相互作用と競争意識で狂ったように購入する事になる。
拙者のVintage Montblanc遍歴は1950年代No.149からNo.146、No.142、No.144、No.254、No.256、No.644、No.252、No.344・・・・・と続いた。
No.256以外はすべて手放したが、もし日常使いに一本を選ぶとすれば、No.142かNo.146じゃろう。いずれも細字で使う。
Vintage Montblancに過大な夢をいだく人も多いが、ふにゃふにゃに柔らかいペン先を持つわけではない。柔らかいペン先が好みならば英国製万年筆のスワンを選ぶのが正解じゃ。
1950年代No.14Xの特徴は精巧さと重さと脆さじゃ。惚れ惚れするような精巧なテレスコープ吸入式機構、ずっしりとした精密機械のような重さ、そして力を入れすぎるとすぐに逝ってしまう脆さ・・・このドキドキ感が90%。
残り10%が書き味。現代のM800の3Bを筆記角度にあわせて研磨した書き味を【ヌラヌラ】と表現するならば、Vintage Montblancの書き味は【カサカサ】。枯葉の上をコオロギが小走りしているような筆記音を出す。
書き味は繊細そのもの。万年筆を真っ直ぐに握って、筆圧をかけずゆっくりと運筆すれば、非常に上品な字を残してくれる。筆圧をかけて、高速で筆記する人には向かない。老人介護のような気持ちで使うのが正しい使い方じゃ。特に最も脆いNo.149はヘビーユーザには向かない。いたわるように使ってあげて欲しい。 依頼品のペン先は左のとおり。インクは抜いてある。その状態でもスリットの隙間がまったく見えない状態じゃ。ペン先の金属は薄く、弾力はあるのだが、これだけスリットが詰まっていると、気持ちい筆記は出来ない。
ペン先の根元だけ銀色っぽいが、これはバイカラーのプラチナ鍍金が剥がれて根元だけに鍍金が残っている状態。せっかく(拙者の嫌いな)バイカラーが消えつつあるので、再鍍金はしないでおこう。胴体に銀色部分が無いのに、ペン先がバイカラーになっている状態が、どうしても好きになれないのでな。 こちらはペン芯と分離した状態のペン先。それにしても精密な刻印じゃ。真ん中のMのマークはプレス加工では出来ないのではないかな?
拙者には判断が付かないので拡大画像を掲載すると・・・ いかがじゃろう。この模様はプレス加工か、エッチングか刻印機で彫ったものか・・・
ちなみに戦後のMontblancには○印と内部の雪形模様の間を埋めている斜線は入っていないはず・・・?
ペン先一枚にこれほど精密な細工をする必要があるのかな?もし実用本位で考えれば、一切の刻印が無いほうが柔らかくて良いペン先になるらしい。刻印が増えるほど、硬く脆くなっていくのだとか・・・
ただし刻印がないと偽造が簡単になっていく・・・あるいは偽造防止の為に複雑な刻印を用いたのかもしれない。お札の透かしのような役割として・・・ いったんはずしたペン先のスリットを拡げる作業は困難を極めた。寄りが強い・・・というよりも弾力が強すぎて、スリットを開くべく力を入れれば大股開きになるが、力を抜くとまたピッタリと先端が閉じてしまう。その繰り返し。
隙間ゲージによる拡げも殆ど効果なし。最後はサンドペーパーでスリットの両側を削って隙間を作った。
そのペン先をインクに浸けてそっと書いてみる。コオロギというよりも、スズムシの小走りの感じ。小さな字をインクフロー良く書くような場合にはうってつけ。
【黄金銃を持つ男】の【純金の弾丸】のようなずっしり感が何とも心地よい。
独逸製の高級スポーツカーではなく、シトロエン2CVで箱根ターンパイクを走るような感じ。長時間の筆記にはまったく向かないが、チョコチョコとメモや撮影データを書き込むのには実に良さそうじゃ。
小さなボディじゃが、現行品のMontblanc M800よりインク保持量は多い。【No.142:1.2cc M800:1.1cc】
この図体に似合わないインク保持量の多さがテレスコープ吸入式の魅力でもあり、また、インク漏れが多い原因でもある。Vintage Montblancは絶対に胸に挿して使ったりしてはいけない。出来れば自宅書斎に常駐。やむなく外出する場合も丈夫なペンケースに収納し、出来るだけ振動を与えないように移動させてあげて下され。なんせ相手は拙者と同じ位のご老体・・・なのじゃ。
【 今回の調整+執筆時間:3.0時間 】 調整2.0h 執筆1.0h