ウォータマンの色軸対応失敗を語った・・・【第四十三章】
この章では意地を張って市場を失ったあげく、最後にはセルロイド軍団に入らざるを得なかったウォーターマン社の状況を、海外である日本から見てヤキモキしている渡部氏の心境が吐露されている。
渡部氏にとって最終ターゲット(ライバルというにはおこがましいと考えていたであろう)であるとともに、近代万年筆発展の先駆者として尊敬の念を持っていたウォーターマン社がエボナイト製軸にとことん拘ってセルロイド軸を徹底的にコキ下ろすコマーシャルを続けたあげく、ある日突然セルロイド軸を発売した・・・ 複雑な心境であったであろうな。
1923年の春にウォーターマン社はモットルド・ラバーという赤マーブル軸を発売
1923年の秋にパーカー社が赤エボ軸(ビッグレッド)を発売、世は赤軸時代へ・・・だが・・・
1925年の春のシェーファー社がセルロイド製の青軸を発売・・・色軸万年筆時代へ!
同年、パーカーがエボナイト製赤軸をエボナイトからセルロイドに変更。パーマナイト素材と呼んだ。
ちなみにシェーファーではセルロイドの事をラダイトと呼んでいた。セルロイドは安価な日常品に多量に使われており、燃えやすいだの変形しやすいだのという欠点があったので、メーカーは徹底的にセルロイド製であるということを隠したかったのであろう。
1927年8月にパイロットがセルロイドにエメライト素材と名を付けて青軸を発売。これが日本における色軸の皮切りであったそうな・・・。素材もマーケティング戦略も成功者であるシェーファーを模したのじゃ。
パイロット社は常に市場を見ていた。従ってセルロイド製軸、色軸というものへの変更が容易に出来たと考えてよい。
一方のウォーターマン社は、近代万年筆発明者というプライドで万年筆を世に出していた。万年筆市場は移ろいやすい顧客によって左右されるのではなく、ウォーターマン社が導くのじゃ!という強い使命感を持っていた。
従って素材的に弱いセルロイド製には強い反発を持っていた。1926年7月ごろになると色軸の比率が8割にもなり、成功者はパーカーとシェーファーだけという状況になった。
おまけにセルロイド製は高級品という信用まで獲得してしまった。その勢いに乗じて1926年にはパーカーとシェーファーがオーバーサイズなる7$物を発売し、シェーファーはさらに10$物(パール・アンド・ブラック)を出し、パーカーも負けじと10$物(パール・アンド・エボニィ)を出した・・・ここで渡部氏はシェーファーの10$物を(パーランドブラック)と書いている。なんとなくかっこいいな・・・
1927年クリスマスよりウォーターマン社はナンバーセブンという名の下に特殊ペン付きの7$物を6種類発売した。色物に対して特殊ペンで対抗しようとしたものじゃ。素材はもちろん色軸のエボナイト製モットルド・ラバー。
これは名品で今でも非常に高価!しかし当時はあまり良い営業上の成果は出せなかったようじゃ。しかたなくウォーターマンは毎年、徹底的にセルロイドを攻撃し、エボナイトを褒めるキャンペーンをはじめたのじゃが、市場からはほとんど無視された・・・
1931年の夏、ついにウォーターマン社はセルロイドの軍門に下り、ジュエリーストーンという名の元にセルロイド製万年筆を発売したのじゃ。シェーフェーが青軸を発売してから6年遅れということになる。よく会社が持ったものじゃ。今なら株主に徹底的にたたかれて早めに方向転換できたじゃろうが、オーナー企業の難しさだったのかもしれない。市場に迎合せず、正しい道を進もうとしたが故の苦悩じゃな。
現在残っている当時のセルロイド軸とウォーターマン社製のエボナイト軸を見ると、エボナイト製の方がはるかにすばらしい。狂いもインクやゴムサックによる変色も無く美しいまま。一方のセルロイド軸は無残・・・
ウォーターマン社の主張は正しかった。万年筆コレクターの我々から見ればな。しかし正しいだけでは会社存続は危うくなってしまうほど、大衆の力が強くなってしまった時代でもあったのじゃろう。
現代に戻って・・・15年ほど前にはセルロイド製軸はほとんど無かった。プラチナが細々と作っていた程度かな。そこへViscntiをはじめとする伊太利亜軍団がセルロイドを引っさげて乱入した。あまりの軸の美しさにうっとりとなり、拙者もセルロイド製を買い集めたものじゃ。まるで80年前の大衆のように。
しかしモンテグラッパの工場でセルロイドの発火が原因の火事があり工場が全焼した。それを境に他社もセルロイド製をあまり作らなくなった。あの独特の樟脳の匂いが好きなのじゃが、最近の新製品ではほとんど嗅ぐ事が出来ない。
削り出しで作るには、材料費も加工費もかかりすぎるのであろうな。セルロイドファンとしては悲しい・・・・
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