今回の依頼品はPelikan 520NNじゃ。Vintage Pelikanの中で最も美しい物だと考えている。
マザーオブパールやマーブル軸の400NNや100Nは息が止まるほど美しいが、それはスッピンの美しさ。年月を経るとどうしても容貌は劣ってく。
それに対して520NNは【完璧な化粧と衣装をまとったイリュージョニスト:引田天功】。その人工的な美しさは不老不死の世界のようで、拙者を惹きつけて離さない。
520NNは3本購入したが、手元に残っているのは1本しかない。お嫁にやった記憶は無いので、あとの2本は昇天したと考えられる。
いかに完璧な外装を誇ろうとも、内臓は一般人と同じ・・・
コレクターから入手した最初の520NNは、極めて安かった!アタリがあったのと、ピストンが折れていたから・・・
折れたピストンは川窪万年筆店で目の前で直してもらった。その見事さに感激して・・・拙者も修理をやろうと決意した。すなわち拙者を修理に走らせた一本が520NNなのじゃ。
今回の依頼品も外装は美しく、傷もアタリも無い。また吸入機構もまったくの無傷。インク窓の汚れも無く、ほぼ完璧な逸品!
ペン先の拡大図が左。首軸へ突っ込む位置も、ペン芯の位置も、スリットの開き具合もほぼ完璧で、インクもヌラヌラと出てくる。
まるで拙者が過去に調整したかのよう・・・・
ただし依頼者の筆記角度で書いてみると、書き味がやや重い。【ぬるぬるだが重い】という表現がピッタリくる。
こちらが胴体から抜いたソケットじゃ。エボ焼けも無く、こちらも完璧。
【建付け】に破綻は皆無じゃ。とすれば、あとは依頼者の筆記角度と、前の持ち主の筆記角度が合ってないということ。
筆記角度が違えば、紙に当たる断面積が減り、書き味がどうしても重くなってしまう。
こちらがスリットをやや開いた状態のペン先。表面を金磨き布で擦ると多少削れて、ペン先の太さを表す【M】の刻印がほとんど消えてしまったように見える。
以前、ペリカン社史の記事で、左側の丸穴について、切割作業時の位置決めでは?とかの議論もあったかもしれないが、その後の進展がまったく無い。単なるコストカット穴で無いとしたら、何の為の穴か?もしご存知の方がたら教えてくだされ。大胆な仮説も歓迎じゃな。
こちらがペン先を取り付けて、筆記角度調整を施した後の拡大図。
スリットは多少開き、ペン芯位置も多少下がったが、これにはわけがある。ペンをかなり立て、そう軽くない筆圧でゆっくりと書くので、接紙面積を拡げるげる為の細工を施したのじゃ。
その場に立ち会うと心臓がキュっと締められるような音がするので、心臓を患った経験のある依頼者の前では控えておいた作業。
こちらが調整後の横顔。実はお辞儀は当初より若干強くしている。お辞儀をさせるとペンポイントは【腹開き】になる。これがインクフローを向上させ、重い書き味から軽やかな書き味に変える為に最も効果がある方法。
ただしお辞儀を強くするほどスリットは締まろうとする。従ってお辞儀を強くしつつ、スリットの開きは今まで以上!という困難な調整が必要だった・・・
画像で見ると殆ど変わらないが、調整にはものすごく時間がかかった。少しずつ、少しずつ【猫背化】と【スリット開き】を繰り返し、さらには【調整戻り】に微調整を加えながら調整を実施した。
ここまでニブに力を加えると、半年、1年経過後の調整戻りがまた出る可能性がある。相手は弾力の王者【pelikan 400NN】と同じペン先だからな・・・
【ペン先調整】は外科手術と整体のあわせ技のようなもの。外科手術をしただけで全てが解決されるわけではない。手術後に首の骨がずれたり、骨盤がズレたり、軽微なところでは肩が凝る症状が出たりする。
手術後は整体師の出番!小まめに微調整をしながら使うのがコツじゃ。WAGNERメンバーなら定例会での健康診断と10分間マッサージ程度の微調整でOK。地方在住の方々も、機会があれば上京して生で見て欲しい。説明を聞いて出来るレベルの作業ではない。
e-WAGNER構想が実現すれば、それほど遠出をしなくても技を身につけることが出来よう。構想10年・・・てな状況に陥らないようにせねばな・・・急ごう!
【 今回の調整+執筆時間:8.0時間 】 分解&画像処理2.0h 調整4.5h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上げ(磨きなど)をする作業、及び、
画像をスキャナーでPhotoshopLEに取り込み、向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間