今回の依頼品は1970年代のNo.146。なで肩クリップ、素通しインク窓、金一色の18Cニブ、ヘミングウェイ型首軸先端(ヘミングウェウイが真似たのじゃが・・・)、プラスティック製ピストンガイド(金属製ではないという意味)など、拙者が最も好きな組み合わせのNo.146じゃ。
No.146は丈夫でバランスも非常に良い。体積当たりの重さはNo.149よりも重いと思われる。どこか精巧感のある珠玉の逸品!
精巧感では50年代のNo.142が最高だと思うが、さすがに年をとった・・・という感じ。セルロイド製ということもあるが、リュウマチのように関節のアチコチが変形している感がある。
若いころは華やかだったセルロイド軸は、歳を取ると痛々しくなってしまう。そういうところが好き!という人も多いが、拙者は見ていられない・・・
依頼者は極端に寝かせて文字を書く。また非常に筆圧が低い。それにもかかわらずフェザータッチで柔らかい書き味を求めている・・・・
一見、当たり前の要求のように見えるが、非常に無理な要求なのじゃ。そもそもふわふわの弾力は、ある程度の筆圧をかけて楽しむもの。また筆を考えればわかるが、柔らかなハネやハライを出すにはペンを直立させた方が有利。
1970年代にNo.146が復活してから、最も柔らかいペン先を持つ70年代No.146といえども、依頼者の筆圧では柔らかな書き味は楽しめない・・・
依頼者が過去に驚嘆したのは全て1950年代のNo.146。まだボールペン使いによる強筆圧者が登場する前のもの。
そこで70年代の軸に50年代のペン先を移植しようという暴挙に出たわけじゃ。無駄な公共事業に対して【もったいない!】と言って女性知事になった方と同じ言葉が出そうになった・・・
両者のペン芯を比べてみると70年代物の方が長い。一般的には長いほうがインクフローは安定している。ペン先の長さはどちらも同じようなもの。若干70年代のニブの方が長い。こちらは長いほど首軸の中でホールドされる面積が広いのでぐらつきにくい。いずれにせよ形状からすれば誤差の範囲なのでなんとかなろう。
問題はニブの厚さ。50年代のニブの方が薄い。従ってそのままでは首軸にセットした段階でユルユルになり、少し力をかけると左右にずれてしまう危険がある。
そういう場合にはペン芯とペン先の根元を太らせるという業を使う。エボナイトにはいかなる接着剤も効かないという性質を生かして・・・ペン芯のインクや空気の通路以外で、ペン先と接する部分にポツポツと瞬間接着剤を極細ノズルで付け、そのまま乾燥させる。またニブの方にもペン芯と接する部分にポツポツと極細ノズルで点のように落として乾燥させる。
十分乾燥したらペン芯とペン先を合わせて首軸に押し込む・・・のじゃが、今回はこの業は使わなかった。依頼者の筆圧が極端に低いので、横ズレするような力はかからないと判断した。
もう一つの問題は50年代ペン先がやや鳩胸気味で、70年代ペン芯をそのまま用いると、ペン先とペン芯の間に隙間が出来てしまう事。
それならペン先をお辞儀させては・・・と考えがちだが、そもそも柔らかい書き味を求めて交換するのに、お辞儀させたら弾力が強くなってしまう。
そこで、さらにペン先の鳩胸を強化するとともに、ペン芯を反らせてペン先との間にスペースが出来ないようにした。
スリット付きの二段式ペン芯ならすぐに曲がるのだが、上下に切れ目の入っていないペン芯の場合は苦労する。熱湯に一分ほど入れて力ずくで曲げる。指を多少火傷するがガマンじゃ!
そしてペン先をセットしたあとで、再度熱湯に入れ、ペン先とペン芯との間に再度隙間が出来る直前に冷水に入れて曲がりを止める!最初ペン芯を反らせすぎの状態でペン先をセットすると、ペン先先端が左右に大きく開いている。熱湯に入れるとそれが戻ろうとする力でペン芯が鳩胸を矯正しだす。それを見ながらペン先先端がピッタリ引っ付く0.5秒前あたりで冷水につけるのじゃ。
まさに勘だけが勝負!でも3回もやれば要領はわかる。ガンガン実験されたし!
こちらが70年代の軸に50年代のペン先を取り付けたもの。50年代のペン先はバイカラーなので、なんとなく違和感はあるが、全体のシルエットには問題は無い。握った感じも上々!
ここから書き味調整に入る。依頼者の好みの書き味を熟知しているので、調整に迷うことは無い。柔らかい書き味にするため、多少弾力を弱めてたので、逆に多少でも力を入れるとペンポイントが紙に接する位置が変わる。従って調整作業は依頼者の筆圧の変化をどの程度見込むかにかかっている。
ペン先調整の妙味は、削りや研ぎだけではなく、依頼者が万年筆を使うシーンを想定した上での弾力調整にこそあるのじゃ。そして最も重要なのは、依頼者が自分の好みを調整者に正確に伝えられる表現力にかかっているということ。
表現力が卓越していれば、卓越した書き味になる。それなりの表現力では、それなりの書き味で終わってしまうこともある。要するに万年筆を使いこなしている人ほど的確な表現で望みを伝えられるのじゃ。
拙者の場合、依頼者が卓越した表現力を持ち、万年筆を使いこなしていれば、依頼者の予測を超える書き味に挑戦する。それなりの表現力しか持たない場合には、その言葉は無視して、拙者がやってみたいと考える調整を施す。往々にして後者の場合に傑作調整が生まれる事が多い。
【 今回の調整+執筆時間:3.0時間 】 分解&画像処理1.5h 調整0.5h 執筆1.0h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上げ(磨きなど)をする作業、及び、
画像をスキャナーでPhotoshopLEに取り込み、向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間