今回は万年筆倶楽部【フェンテ】会長からの依頼品。でべそ会長は4本のヘミングウェイを日常的に愛用している事で有名じゃ。古山画伯が【4本のヘミングウェイ】を執筆したのもでべそ会長との出会いがあったから。
拙者が【Pen Collectors of Japan】を立ち上げ【ペン・トレーディング in 東京】を開催し続けているのもでべそ会長の示唆によるもの。その流れで萬年筆研究会【WAGNER】も始まった。
古山画伯曰くの【萬年筆界のイエス・キリスト】がでべそ会長なのである。
そのでべそ会長が最も好きなのはヘミングウェイではなく、VintageのMontblancとPelikan。特に1950年代のMontblancをこよなく愛しているようじゃ。
各所で修理不能!と宣告されたNo.14Xを直して差し上げた事が何度かある。【壊れた物ほど愛しい!】という感覚は拙者にも良くわかる。もっとも拙者の場合は【書き味の悪い万年筆ほど欲しくなる】と表現すべきじゃろうがな。 今回のは1950年代初期のMontblanc No.144じゃ。1950年代ではNo.146にばかり人気が集まっているが、大きさと重さのバランスではNo.144が最も高級感を感じさせてくれるかもしれない。最近の拙者はNo.144に惹かれている。
ペン先の調整具合を見て、拙者が過去に調整したものではないかと感じた。VintageのNo.144でスリットが詰まっていない物は無いはずだが、このNo.144では、ごくわずかにスリットが開いている。こうすれば書いたときに少しインクが紙の上に盛り上がるような感じになり、でべそ会長の趣味に合致するのじゃ。 横顔を見ると、ペン先とペン芯が離れている。これは長期間の使用で調整戻りが出たのであろう。もう少しペン先をお辞儀させた方が弾力が楽しめるので、多少いじってみよう。
ただしお辞儀をさせるとスリットは詰まってしまう。スリット間隔を維持しつつ、ペン先をお辞儀させるには根気と指力と細心の注意が必要じゃ。さらには調整戻りのチェックも必要・・・けっこう時間がかかる。 今回の依頼内容はペン先調整よりも吸入機構の修理。左の画像のように、収縮したコルクからシリンダー内にインクが逆流し、吸入機構に錆を発生させている。さらには、長期間の使用によって、吸入機構の一部が割れ、吸入機構がほとんど機能しない状態になっている。
こういう状態であればプロの方は修理しようとは思わない。なぜなら再発の確率が高いから!それでは手間ばかりかかって商売にはならない。というか安請け合いすると信用失墜になる可能性もある!
拙者の場合【生贄】と呼ぶくらいで(依頼者の期待はともかくとして)修理とは面白い実験程度に考えている。従ってこういう直せる可能性が不確かな物は大歓迎じゃ。工夫する余地がいっぱいあるからな。 まずはロットリング洗浄液に2日ほど漬物にした後で、超音波洗浄機にかけ、さらには耐水ペーパーで磨いたら左図の状態になった。画像ではわからないが、中央金具の接合部分が裂けている。これではピストンを最後まで押す力が出せない・・・・
ただ、その状態でも現行のNo.146程度の吸入量は確保できる。以前ハンダ付けしてめちゃめちゃになったピストンを見ているので、これ以上の加工は止めて、グリースをつけ、コルク交換をするだけにした。 こちらが苦労してお辞儀させつつスリットを拡げたペン先じゃ。上の画像と比べて多少エラも張っているのがわかるかな?
実際にインクを入れて使ってみたが、実に繊細な書き味じゃ。N0.146派とNo.144派がいるが、ぐわんぐわんという大きな振幅の弾力を求めるならNo.146、ピクンピクンという小さくて小刻みな弾力が好みならNo.144が良かろう。ただしどちらもEF〜Mくらいまでの字巾じゃよ。B以上になるとどのモデルでも似たようなものだし、Kugelが頭につけば、多少心許ない書き味になる。その心許なさに惹かれる人も多いようじゃが・・・ こちらが調整後の横顔。ペン芯を多少下げてお辞儀を強くした状態。これがNo.144のニブでは最も美しい状態だと信じている。書き味は調整でなんとでも出来るが、姿かたちのスイートスポットは厳然としてある。往々にして書き味重視のポイントと、姿かたち重視のポイントは違うが、拙者の調整では姿かたちの美しさを第一とし、その位置で書き味が最良になるように調整している。いくら書き味が良くても惚れ惚れするほど美しくないと使う気がしないからな。
【 今回執筆時間:5時間 】 画像準備1.5h 調整2.5h 執筆1.0h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間