今回の依頼品は1970年代後半から80年代前半にかけて販売されたNo.146じゃ。拙者の一番好きな首軸先端形状が特徴。【ヘミングウェイと酷似】。まずは依頼者からのメールを紹介しよう。原文ではなく、多少表現を変えてあるのであしからず。
クランケの名は『Montblanc 146』。ペン先は装飾もシンプルな14Cで、70年代後半のモノと思われます。
このクランケは知り合いの女性のお父様が30年ほど前に知人から頂いたモノだそうで、当時少しだけ使われて、これまで引き出しの肥やしになっていたそうです。
その女性は使えるかどうか判らないそのクランケを、まずは地元百貨店の万年筆売場で見てもらいましたが、「修理するには新品が買えるくらいかかるので新しく買われたらいかがですか」と言われてしまい、そのまま退散したそうです。
その話を聞いて私メは、洗浄くらいなら出来るからどんなものか一度見せて、とお預かりした次第です。
内部で残ったインクが固まっていて尻軸も回らない状態でしたが、ロットリング洗浄液や超音波洗浄機を使いながら、どうにかピストンも動くようになり内部の汚れも綺麗になりました。
ボディには細かいスレこそあるものの、外見は非常に綺麗な個体だと思われます。
しかし、ペン先が斜めに首軸に挿し込まれているように見えます。素人目にはよく分かりませんが、ペン芯も心なしか収まる位置がズレているようにです。
この状態で腕も道具もない私メがむやみに触るわけにはいかず、そこで師匠にご相談と相成ったわけであります。
私メはなんとかこのクランケを気持ち良く使えるように復活させてやり、その女性に「これはものすごくいいモノなのでこれからも大事に使い続けて下さい。いい万万年筆は手入れや調整を繰り返してやればずっと使えますよ」
と、伝えたいと思うのです。
ということで、既にかなりきれいな状態で拙者の手元に届いたものじゃ。最終的に、その女性が使うのか?はたまた父上が使うのか?書き癖はどうか?などの細かい情報が無しでやる調整は、難しい場合もあり、気が楽な場合もある。
今回は拙者は最終利用者を知らない。従って【気が楽】じゃ。最終利用者から悩みを告げられると、どうしても深刻に考えてしまう。今回は最終利用者が非常に曖昧なので今回はペンの状態を正しくする!ということに集中した。
ペン先はEFでスリットはガチガチに詰まっているが非常にきれいなニブ!おそらくはドロドロに汚れていたのであろうが、一次洗浄のおかげで新品同様。もしこの状態でデパートの万年筆売り場に持って行ったら何と答えたのか知りたいものじゃ。これでは【新しいのを買え】とは言えまい。どういう対応になるのかなぁ。それが一番知りたい!
ペン芯は拙者の趣味よりも多少前に出ている。それにしてもきれいな研ぎじゃ。この時代のMontblancの細字は【鉈型研ぎ】といわれているが、これは鉈よりも【長刀】に近い。
縦書きには長刀研ぎが重宝するが、横書きではシャラシャラという摩擦音が気になる。この【鉈長刀研ぎ】は線の細さをペンポイントの小型化ではなく、大型のペンポイントのまま、紙との接面積を少なくするような設計。調整が難しいので昔は大嫌いだった。
プロとアマチュアとの力量の差は【鉈長刀研ぎ】が一番如実に出るのじゃ。拙者も最近やっと満足に調整できるようになってきた。
これが依頼者が書いていた【ペン先とペン芯のズレ】。万年筆をどこかに引っかけたときなどに発生しやすい症状じゃ。
画像でみる限りは、ペンポイント部分を下から上に押せばよいように見えるが、それほど単純ではない。
こちらはペンポイントを正面から見た画像。最近この画像を多用しているが、【ペン先はペン芯の上に左右対称に乗せるもの】という事を理解してもらうには一番わかりやすいので、これからもどんどん使っていく。
この撮影で怖いのは硬度の高いペンポイントをスキャナーのガラスの上に密着させているので、もし何かの拍子にギギギ〜!と万年筆がノックアウトブロック毎ズレたら・・・・スキャナー表面が傷だらけになってしまうこと。良い子はあまり真似をせんようにな。
こちらがソケットから外したペン先の清掃・調整前の画像じゃ。多少のエボ焼けはあるが、いわゆるインク汚れは95%以上取り除かれている。ペン先を外さないまま実施したロットリング洗浄液による洗浄効果が証明された!これはすごい!
やはりペン先のスリットは詰まりすぎ。エラを張らせるようにスリットを開く作業をしてみると・・・
ちゃんとスリットが通った!ついでに全体を金磨き布で清掃したのがこの状態。コストカット穴のないペン先は惚れ惚れするほど美しい。この美しき物体を無粋なペン芯とつっくけて首軸に挿し込むのがもったいないと思ったのだが・・・
首軸のセットしてもやはり美しい!良かった!
ここからペンポイントの調整に入るわけだが・・・利用者を知らないので、自分の手に合わせることにした。拙者が一番気持ちよく書ける状態に!ということは万年筆に最もストレスがかからない状態じゃ。
調整の終了したペン先の横顔。ペン芯はやや後退し、ペンポイントのカーブはややなだらかになったのがわかろう。カーブがなだらかと言うことは、紙に接する面積が増え、字巾は太くなり、書き味は柔らかくなる。
いくらなんでも万年筆を使って米粒に文字は書かないであろうから、字巾が細いことよりも、書き味が柔らかいこと重視した。
さて最終利用者の意見はどうだったのかな?
【 今回執筆時間:3時間 】 画像準備1.0h 調整1.0h 執筆1.0h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間