今回と次回は1960年代のNo.149。10年ほど前には非常にもてはやされたモデルで、拙者もせっせと入手に励んでいた。どこが人を惹きつけていたのか?それは吸入量の多さと、尻軸リングの片側(胴軸側)にテーパーがかかっているところを【かわいいんですよねぇ】とフェンテのでべそ会長がぽつりと言ったことに起因する。
テーパーは左画像の上側部分にかかっており、70年代以降のモデルよりも巾も狭い。ここがマニア心をくすぐったわけじゃ。
ピストン機構は70年代以降のねじ込み式ではなく押し込み式。従ってフォークを曲げて作ったような器具は使えず、ピストン機構を抜くには専用工具が必要だった。拙者はたまたま万年筆界の大先輩から3年ほど前に譲っていただいたが、これを入手する前は力ずくで抜こうとして何本かおシャカにした。
なぜ60年代モデルが70年代モデルに移行したか?それは非常に壊れやすかった事と、修理しにくかったことに起因すると考えている。
吸入量が多いのは、胴軸内径が太いから。実は1970年代以降のNo.149の内径はNo.146とまったく同じ。ピストンの互換性もある。しかし60年代のNo.149では内径が太い。ということは胴軸の厚みが薄いので割れやすい。
またピストンの外周が胴軸内径と接する面積が広い。従っていったん内部でインクが固まったらピストンが動かなくなる。無理矢理動かそうとしてピストンをひねると尻軸から伸びている螺旋棒がネジ切れる・・・
要するに非常に壊れやすい!この事に気づいてからは拙者は他人には絶対に1960年代No.149を奨めないようにしている。コレクションなら問題ないが、実用に供するなら相当に気をつけて使わないと壊してしまう可能性が高いのじゃ。
今回の依頼内容はペン先とペン芯の中央が合ってないので直して欲しいというもの。この気持ちは実によくわかる。拙者もこういうズレを異常に気にするタイプなのでな。
ペン先は18C-OBで1960年代のニブに間違いはない。この時代のニブは鋼(はがね)のように強い弾力を持っており少々力を加えてもビクともしない。非常に剛性の高いニブで、柔らかさとは対極にあるモデルじゃ。
しかし硬いから書き味が悪いということはなく、絶妙のインクフローが醸し出す筆記感は、改めて【ヘビーライター向け萬年筆:No.149】を思い出させてくれる。70年代以降のNo.149は軟派であり【ヘビーライター向け】とは言えない、いや呼びたくない!
この固体は上から見ても、横顔を見ても、ペン先とペン芯がずれているとは見えない。スリットが詰まっている事、ペン芯が前過ぎることを除けば特に違和感はない。
実際に書いてみても、インクフローの悪さ以外は問題はない。ひっかかりもないし、キャップのボディへの挿さり具合も良い。
しかしペン芯側から見ると確かに0.2ミリほどずれているのが見て取れる。美観を重んじる人にとっては、ペン先のスリットがペン芯の真ん中の部分に来ていないと気になって仕方がない。
1970年代以降のモデルならば改造フォークでピストン機構を外してすぐに直せるが、1960年代では専用工具を持っている人に頼るしかないのじゃ。
まずはペン先のチェック。やはりスリットはガチガチに詰まっており、相当筆圧をかけないと満足にインクは出ないであろう。また首軸内部に隠れたペン先の根本にもインク滓が付着している。これはロットリング洗浄液につければすぐに落ちる。
プラチナ鍍金はほとんど消えかかっているが、内側から金・銀・金の構成になっている。胴体に銀色の部分が無い場合、ペン先に銀色があるバイカラーニブのは違和感を覚えていた。実際バイカラーを嫌い、金一色に鍍金していたころもあったが、最近では製品が生まれた時の状況を受け入れる事が出来るようになった。すこしは悟りの境地に近づいたのかもしれん。
裏側のエボ焼けは驚くほど少ない。以前にも説明したが、この画像で黒くなっている部分はエボナイトと接していた部分ではなく、空気と接していた部分。エボナイトから放出される硫黄分が空気中の酸素の影響で硫化し、そのガスが金を黒く変色させているのかな?
こちらが綺麗に清掃し、スリットを拡げて完璧な状態にしたニブ。この隙間を拡げるのに非常に苦労した。指先の力ではビクともせず、ツボ押し棒でペン先の根本やエラの部分を押し、はてはスキマゲージでゴリゴリとスリットを拡げた。そこまでしてもこの程度拡げるのがやっと。ものすごく硬いニブなのじゃ。
こちらが首軸に取り付けた状態のペン先。美しい!ペン先の拡大画像、特に、No.149の拡大画像は実に美しい!
拙者はNo.149よりもNo.146の方が、しかも1980年代No.146の筆記バランスが一番好きだが、観賞用としては断然No.149じゃ。
ペン芯の位置もパーフェクト!ということで、8月12日の交流会で持ち主の手にわたった!
持ち主もペン芯の位置に満足し、それではと別の話題に入ろうとした直後、拙者と依頼者の動きがアンバランスになり、拙者の手が依頼者の手に持ったNo.149に空手チョップをお見舞いした。あわれNo.149はペン先を出したまま空中を跳び、運動神経の鈍い拙者と依頼者の空振りする手の間をすり抜けて床に落下!
床はカーペット敷きなので大丈夫だろうと考えていたが、左画像上段右端のように、見事に曲がってしまった。拙者の3桁近い体重をかけてもなかなか曲がらないペン先が、イリジウム側から落下するといとも簡単に曲がってしまった・・・
実はこの曲がった状態の書き味は非常に良かった。もちろん猫背になっているのでペン先は詰まり、インクフローは元の木阿弥だったのだが、コンコルドになったペン先は絶妙の筆記感!書き味重視派向けならこのままでも良かったのだが、依頼者は拙者と同じく【面食い】じゃ。そこで、元通り・・・というか、さらにインクフローを良くするように直したのが下段の画像。
前の調整よりもさらに完璧な書き味になった。調整という物は時間をかけるほど、調整回数を増やすほど良くなる。どんなに上手な調整師の手を経ていようとも、それを調整すればさらに書き味は良くなる。後出しじゃんけんのようなもので腕の差ではないのじゃ。
【 今回執筆時間:5.5時間 】 画像準備2.0h 調整2.0h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間