今回の依頼品は7月23日と同じ書家からのもの。前回は最後に、
近々、この書家用の更なる【驚き調整】をお目にかけよう!
と結んだが、今回紹介するのがそれじゃ。
この書家はキャップを外して尻軸に差し込む際に、クリップの延長上にペン先の切り割りがあるかどうかを詳細に確認し、ピッタリと合致した位置でキャップを押し込む。その後、再度位置確認して、OKとなって初めて書き始める。
調整前のペン先であるが、既に調整されてある。M1000の3Bのペン先が2.5B程度に先端が細められている。しかもハネやハライの段階で多少左右にブレが出ることを想定してエッジだけをわずかに面取りしている。
見栄えも考えてあり、首軸から【3B】の刻印がちょうど覗き見られるような位置にセットされている。
書家の人は筆圧ゼロで書いているように思われがち。確かに書き始めは筆圧ゼロに近い。しかしハネやハライの段階では斜めに捻った上で、最強の筆圧になる。従って柔らかさの演出の為に、ペン先を前に出すような調整をすると、一発でペン先が斜めにズレてしまう。
あくまでもペン先はソケットに(通常以上に)しっかりと固定された上で、柔らかさも演出しなければならない。
拙者が調整をほどこす前の横顔。ペンポイントの斜面はなだらかに研ぎあげられている。そしてペンポイントの背面も美しく研ぎあげられている。見ていて惚れ惚れするほど美しい研ぎじゃ。
ペン芯とペン先の密着も完璧。現在の分業制度ではあたりまえだが、ペン先とペン芯は同じ会社で作っている訳ではない。従ってそれぞれが改良していくうちに、ペン先とペン芯の間に微妙なズレというかしっくりしない状態が発生してしまう。お互いは進歩しているが、合わせてみるとしっくりしない・・・という困った状態になることが多い。
ところがこの個体では、その部分の調整も完璧に行われている。完全にPelikanを理解した人の調整じゃろうな。
こちらがソケットから外した状態。あまりに綺麗だが、これは拙者が金磨き布で磨きあげたから。スキャナーでピャーと撮っただけじゃが、この美しさをデジカメで出すには相当凝った撮影環境が必要。ペンポイントの拡大撮影以外ならスキャナーが一番生産性が高いですぞ。
こちらが拙者が調整を施したペン先。書家からの要望は2点。【もっと柔らかく書けるように】【書き出しの太さを2.2Bに】というものじゃ。
書家は2.5BのM1000(この個体)と1.9B程度のM800を取り出され、【書き出しの太さはこの中間くらい。ただしハネやハライは今より太く】とおっしゃった。それを翻訳したのが上の青字部分じゃ。
どのように微調整したかと言えば、ペン先先端をカモノハシのくちばしのように削り込んだ事、ならびにペンポイント先端の巾を狭く丸く削った事じゃ。
ペンポイントのスリットは開いたままにしておいた。筆圧ゼロで書き始める時には、最初に紙に当たる際に、インクがボタ落ちする程度でないと掠れてしまう。
書道で書き出し掠れでは話にならない。掠れはハネやハライの部分にあると美しいからな。
横顔じゃが、当初より0.5ミリほどペン先を前に出した。この程度がペン先がずれない限度だと思う。
今回の調整で一番時間がかかったのは【カモノハシ化】。細くするのは簡単だが、左右のバランスを調整しないと、ブレが出る。横書きの場合には気にならないが、縦書きの場合には左右が同時に反ったり曲がったりしてくれないと線巾が一定とならず美しくない。
そこで線巾のブレが最小になるように、顕微鏡で確認しながら微調整を繰り返したのじゃ。調整で初めて顕微鏡を使った・・・
左右のペン先先端の巾をそろえるのではなく、重量というか重心をそろえる感じかな。しかも見た感じもそろえる・・・裏の部分の削りも含めての重量バランスをそろえるのが非常に大変だった。しかもかなり調整戻りがあった。
もしカモノハシ削りをルーターでやっていたら、もっと激しい調整戻りがあって収拾がつかなくなっていたであろう。
最終的に同じ形状になったとしても、調整する際の力のかけ方によって金属の中に蓄積される【緊張量】が変わるような気がする。
ゆっくりやれば戻りは少なく、急いでやれば戻りは大きい・・・
理屈では説明できないが、毎回経験することじゃ。
書家には非常に喜んでいただけたようで、落款を3個いただいた。今回は生贄ではなく調整依頼だった。
自由な発想で遊ぶのも良いが、たまにはこういう緊張感のある調整をしないと腕が上がらないなと反省!
【 今回執筆時間:10時間 】 画像準備2.0h 調整6.5h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間