今回の依頼品はMontblanc No.146。もちろん1950年代じゃ。一般には1950年代のNo.146はそれほど中古市場に数が出回っているわけではないが、この調整報告では異常なほど多い。
これは既に1950年代Montblancが寿命が来たことを表している。【まもなく崩壊する】というのではなく、当時の設計思想が現代に合わなくなってきているのじゃ。
当時は万年筆大量生産の時代で、いかに生産性を上げるかが企業収益に直結していた。従って加工のしやすいセルロイドという素材を選んだのだろう。
またインクの酸性は強く、防腐剤もいっぱい入っているはず。拙者の経験でも最近のインクはすぐにバクテリアが発生して強烈なアンモニア臭が簡単に出てしまうが、当時のインクには何の問題も発生しない。当時のインクの中ではバクテリアは生きていけないのだろう。
Pelikan M800に当時のインクを入れて使っていると、首軸先端の金属部分がボロボロに冒されてしまう。そういうインクに耐える素材としてセルロイドが選ばれたのかもしれない。
まだ飛行機がそれほど発達していなかったころには2cc以上のインク吸入量であってもそれほど問題は無かったのかもしれない。
いまや日本の夏は40度。飛行機料金はは新幹線より3割も安い。そんな状態でインク容量2ccの万年筆を帯同するのは危険じゃ。全ての製品は、その時代のインフラや気候に適した形で作られる。決して50年後にターゲット併せて作ったりはしない。
当時はインクがドバドバとだらしなく流れるのは忌み嫌われていたのかもしれない。日本でも萬年筆ファン以外は極細好きが圧倒的に多い。おそらくは当時も・・・インクフローが悪いペンがもてはやされたのかも?
このようなスリットの状況では満足にインクは出ないだろう。もっともこの個体は分解清掃されている。エボ焼けも全く見えない。通常は劣化しているピストンのコルクも入れ替えられている。最近はオークションでもこういう完全清掃された物が多い。
しかし、ペン先ソケットとペン先を固定する位置が90度ずれている。これは商売としてNo.146を扱っている人の仕事ではない。本来はソケットの切れ目はペン先の中心に来なければならない。
最近のNo.146はソケットの切れ目がペン先の横位置にあるので、それを見て横にしたのかもしれない。
この時代のNo.146は弁の交換時には首軸をまわしてはずし、ペン先調整時にはソケットをはずすようになっている。そして外すときには、専用工具はペン先の上下を挟むようにしてつっこむ。
ところがソケットの切れ目が横にあると、その工具が使えない。従ってこれは素人の仕業じゃ。
はずしたペン先を見ると汚れが全くない。金磨き布で清掃したのかもしれない。ひょっとしてこのBlogの読者による分解清掃かも・・・
ペン芯から下ろした段階でもスリットは詰まっている。これではインクの出に満足出来まい。なんせ依頼者はドバドバ好きしゃん・・・
裏側にもエボ焼けは皆無。エライエライ!こうしておいてくれれば拙者の作業も実に楽!
一見何の変哲もないようなニブだが、この書き味に溺れた人は多い。そういう人々が最近黙りこくってしまったのは、ライバルに気付かれないためかもしれない。
一度はNo.146の1950年代は手にした方がよい。合うにせよ合わないにせよ、理想の萬年筆はこうあるべし! というお手本のようなズッシリした作り。拙者はこれを現代のMontblanc樹脂で作り直せばよいのに・・・と考えてしまう。テレスコープ吸入機構の重さがいかにも精密感を醸し出している。イイ!
こちらはスリットを多少拡げた段階での図。このスリットの連続性と、先端部分の危うさはいくら眺めても飽きない。良い出来じゃ。ペン先が薄くても鍛錬されているので鋼のバネのような弾力がある。
力を入れると太い字、力を抜くと細い糸のような字が書ける。
VintageのNo.146は絶対にペン先を出し過ぎてはいけない。
キャップ内側のインナーキャップから先が短いので、ペン先を出し過ぎると、キャップを嵌めた時にペン先先端が当たってしまう。そこからグイとさらに力を込めるとペン先先端が曲がってしまう。
ペン先をあまり出さないとしても、ペン先先端からペン芯先端までの距離は寸詰まりにはしたくない。ということはペン芯は十分に首軸につっこむ事になる。
左が調整終了後の横顔じゃ。後期の厚いペン芯なので前期のペン芯よりはボタ落ちに強い。書いてみても実に気持ちがよい。
Vintage No.146は様々な書き味のバリエーションを楽しめるが、ペン先だけによって味が変わるのではない。軸やキャップの痩せ具合や、何より調整師の癖によって書き味が激変する。ぜひお試しあれ・・・相場を上げない程度でな・・・
【 今回執筆時間:3時間 】 画像準備1h 調整1h 執筆1h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間