今回の依頼品は20年間酷使したM800じゃ。調子が悪くなる度に購入した万年筆専門店で研ぎ直してもらいながら今日に至った。さすがにもうこれ以上は無理でっせ!ということで新しいのを奨められ求めたそうだが、あまりに長期間お世話になったので不憫でしようがない・・・もう少し現役を全うできないかと手を尽くしていたらしい。
しかし、拙者にも、他の調整師にも【ご臨終】との判断を下されてしまった。そこで拙者の元から【14C-EF】と【14C-OB→O改造】の2個のペン先ユニットが養子に行った。
そこで改めてじっくりと軸を眺めてみると、【W-GERMANY】の刻印のあるM800軸。これは今ではなかなか手に入らない。また首軸先端も20年間使ったにしてはすばらしく綺麗。
実はM800の首軸先端は多少強いインクを使うとすぐにボロボロになってしまう。ということはこのM800はインクに浮気をすることなく、常に安全なインクだけを入れて使われていたことになる。おそらくは販売店からの指導であろうが、こういう指導をきっちりと出来る専門店が地方にあるのは喜ばしい限りじゃ。
こちらはペン先首軸から出ている部分。ペン先がずいぶんと首軸に押し込まれてある。普通はニブの太さを表す記号【F】の全身が見える程度が好ましい。
またペン芯がずいぶんと前の方にあり、上から見るとペン芯の黒い部分がはみ出して見える。拙者の最も嫌う状態じゃ。ただ、こうするメリットも無くはない。この写真の用にペン先のスリットがO脚のような状態ではペン芯を後退させるとインクはペンポイントまで到着しないことがあるのでな。
こちらは横顔。こう見るとペン芯の前進度合いがわかろう。拙者の好みからいえば、ペン芯の先頭が、ペン先刻印の一番ペンポイントに近い部分と同じ場所が好ましい。
ただしこのO脚ニブにはそれが適用できない。まずはO脚を直さねばな・・・
こちらはペン先ユニットを首軸から外した状態。拙者の調整では、ソケットから金ペンの根元がはみ出すほどにはペン先をソケットには押し込まない。
こういう調整は実用性と安全性を第一に考える【プロの仕事】じゃ。
こちらはソケットを外したペン先の全体像。多少清掃しただけで、ここまで美しくなる。20年間酷使されたとはいっても、調整師以外がさわっていないペン先は実に綺麗じゃ。
もし素人が何度も分解、組立てを繰り返していれば傷だらけになっていたじゃろう。
そしてペン先の刻印をアップすると・・・【pf】より古い?世代の【EN】の刻印と通称【イタリア打刻】と呼ばれているマークが左側にはいっている。へこみのような部分じゃ。
これらは単ある噂であって、おそらくは真実ではなかろう。ただ、コレクターは、そういった【噂】をもおつまみにして酒が飲めるものなのじゃ。
こちらがスリットがO脚になっている状態。ペンポイントがほとんど無くなってきたので、細字を実現するために、ペンポイントの部分だけを締めたと考えられる。
このペンポイントの状況では細字はここまでが限度であろう。ただ今回、依頼者は【14C-EF】のニブを養子に迎えている。従って、ある程度筆圧が必要な書類書き【カルテなど】ではなく、ノートにメモ書きするような、比較的筆記速度が遅く、筆圧が低いケースに限定した用途としてこのペン先を復活させてみよう。
まずこちらはインクフローを良くし、筆圧をかけないでもインクが紙に乗るようにスリットを拡げた状態。しかもペン先の斜面を削ってペンポイント近辺のペン先カーブの乱れを取り除いた。多少【カモノハシ】化してペン先の弾力を出すこともねらってみた。
ペン先のスリットを拡げるにはペン先のエラの部分を上に反らすようにして、ほんの少し力を加えればよい。スリットが拡がりすぎたら、エラの部分を親指と人差し指でつまんで力を入れれば、スリットは再び狭まる。
こちらが上記の拡大画像。ほんの少しスリットが開いた事がわかろう。特にペンポイントが密着していたのを、多少離したのがミゾじゃ。
また【カモノハシ】化によって、金の中に埋まっていたペンポイントが表面に出てきたので、調整する余地が増えた。
ただ、複数の調整師が【ご臨終】宣言したとおりのことはある・・・スリットを開くと書き味が激悪になってしまうのじゃ。ペンポイントがギチギチに詰まっていたからこそ紙にひっかかる確率も少なかったのが、ペンポイントが開いたことによって自由になったエッジが紙の繊維を拾いまくってしまう。。。
そこでこちらは引っ掛かりが無くなるようにペンポイントを丸めた状態じゃ。【カモノハシ】化によって出来たペンポイントの余裕をほとんど消費して丸めを施した。ついでにペン先表面の研磨とスリット内の清掃も実施した。
実はこれは、既にペン先とペン芯を併せてソケットで固定してある状態の画像じゃ。何故ならば左からペン先刻印の一番前の部分までは暗くて、そこから先はスリットが見える。暗い部分はペン芯。
この上の画像では左から右までずっとスリットが見えているじゃろぅ。
このあたりの画像の見分けが出来るようになれば、拙者のBlogはもっと楽しめる。極端な話、画像を見るだけで文章を読まなくても95%は調整内容が理解できるようになる。そうなれば後はプラクティスのみじゃ。
こちらは上記の全体図。上から四番目の画像と違い、ペン先の尻がソケットから左にはみ出していない。筆圧をかけないで書く場合にはこの程度の締め付け方で十分。
ただし高筆圧で細かい文字を長時間、高速で筆記するようなケースでは、ペン先とペン芯がずれてしまう可能性もある。
ペン先調整は、筆記角度とインクフローだけではなく、利用シーンを聞き出さないと完璧な調整は出来ない。調整師の人が四方山話を好むのは、そういう利用シーンや本音を聞き出す為じゃ。調整師と対面した当初は、皆、建前ばかりしゃべってしまう。また一度目の調整で多少違和感があっても【完璧です!】なんて言ってしまう。それでは調整にならない。
自分が書いている【格好悪い姿】をさらけ出してこそ。より良い調整に巡り会えるのじゃ!こころせよ。
今回執筆時間:5時間 】 画像準備2h 調整1h 執筆2h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間