解説【萬年筆と科學】 その52 は硯の話。相変わらず拙者にはまったく興味の無い話じゃ。
今回は【その52】と【その53】との間に挿入された渡部氏の講演内容について紹介しよう。当時の世相を反映していて非常におもしろい。
講演が行われたのは1934年(昭和9年)の5月に、大手文具やである東京○○○で行われた講演内容。○○○って伊東屋かな?
話す相手(ターゲット)を店頭で接客している人に絞った内容にしている。もし経営者をターゲットにするなら、どうやって儲けるかとか、どんな紙を使わせればインクの吸収が良くもっと紙が売れるか・・・といった内容であろう。
しかし徹底的に販売員にターゲットを絞ってわかりやすい話をしている。
導入部【つかみ】
ここでは販売員がウンウン!と頷いて話に引き込まれる事をねらって、日本での萬年筆販売がいかに苦労が多いかを説明している。
欧米ではアルファベット26文字で全ての言葉を表現できるので運筆は単調。比較して日本では漢字を使うので文字にエッジがあり、なおかつ細い方が好まれる。
細字にすればひっかかりやすいが、細字でも引っ掛かりが少ないのを日本の客は求めてくる。この根本には筆の文化がある。筆は欧米の鉛筆とペンの文化なので線の太さなどあまり考えなくて良いが、筆は筆圧に対応した、線の太さ変化が求められる。これを立体的な運筆と説明している。
従って日本の客は【もっと柔らかいのが良い】【もっと硬いようで柔らかいのがよい】【曰く言い難し、気に入ったのが気に入るのだ】と禅問答のようになる! ・・・といって会場から(同意を意味する)笑いをとっている。つかみは成功!
海外メーカーについて
40〜50年ほど日本に萬年筆を輸出しているオノトやウォーターマンは、日本人の好みを理解しているので、日本からの注文に関しては【柔らかい細字】を選り分けて送ってくれます。一方、日本との取引経験の短いパーカーやシェーファーなどは、あのとおりぶっきらぼうな物を臆面もなく送ってきます!
ところが舶来品信者である日本人は、高いから良いんだ!と信じて、日々苦労しながらも小言も言わず使ってくれます。 ・・・ とここでも笑いをとる。
ペン先の研ぎについて
欧米ではペン先の8割が中字。これはアルファベット 26文字の平面的な時を書けばよいから。一方、日本では漢字も書けば、ひらがなも書く。もちろんアルファベットも書く。しかもそれを一本も萬年筆で実現する必要があります。
漢字でも横文字でも自由に書きこなせるようにするのはイリジウムの研ぎ方にあるのです。されが左右不均衡であったり、お裁縫に使うヘラのような形つまりは長刀形になってはいけないのです。 この時代からパイロットは徹底的に長刀研ぎを嫌っている。これは細字でエッジの立った字を書くのには向かないということであって、太字や横太縦細の字が好みであれば、むしろ好ましい。ただ渡部氏の影響もあるのか、パイロットでは決して長刀という表現を現在に至るまで使っていないようじゃ。
インクが出る原理の説明
販売員は萬年筆の原理まで知ったプロで、お客様にある程度の蘊蓄は語れないといけないとの思いから、萬年筆の構造について説明している。要約すると・・・
★インクが出るのは、かわりに空気が入ってくるから!ということを書道の水入れの穴で説明している。一方の穴を押さえると水は出ないでしょと・・・
★ウォーターマンの発明はペン芯のミゾのなかをインクが通り、ミゾの上を空気が通ることによってタンクに空気を送り込み、インクが出る。
★空気はペン先のハート穴から入る。 現在ではペン芯の下から空気が回り込む設計でハート穴のないものもある。
インク漏れについて
販売員が一番クレームを受けやすいインク漏れについては、まずは漏れる理由を説明している。
★インクが漏れるのは軸内のインクが少なくなって空気が膨張するから・・・ということで・・・
2本の萬年筆を火であぶって漏れる方がインクが空に近く、漏れない方はインクがいっぱい入っていることを説明。
★お客様にインク漏れの注意を説明するタイミングは、お客様がお金を支払った直後にすべし。
★怒って来店したときでは遅い。選んでいるときはうわの空。お金を払った直後が最適!
★【はい、ありがとうございました。ご使用中、万一インキが玉になって落ちるようなことがありましたら、それはインキの無くなる知らせでございますから、インキをいれていただきませば、ぴたりと止まります】・・・渡部氏は販売員としても成功したじゃろうな・・・