2007年11月15日

解説【萬年筆と科學】 その56

セルロイドについて語った その56

 この章が書かれたのは1935年2月9日。この時点でSheafferから【ラダイト Radite】と称して青の色軸を発売してから12年が経過している。

 その間にParkerはパーマナイトと呼び、ウォーターマンはジュエリーストーンと呼び、パイロットはビスコロイドと呼ばれる色軸を出したが、それらは全てセルロイドだった。消費者にはセルロイドは安物という固定観念が強いことから、わざわざ名称を変えて販売したわけじゃ。

 既に色軸は世界中で大流行になっており、黒軸だけで万年筆を売るのが、ほとんど無理な時代になっていたとか。

 それどころか、3年ほど前から米国のメーカーは黒軸すらもセルロイドで作っていた。最後までセルロイドに抵抗していたWatermanですら、黒軸は黒セルロイドで作り、エボナイトで作っていたのは、ペン芯、首軸、インナーキャップだけというありさま。

 上質のセルロイド軸は、熱伝導率がエボナイトよりも少なく、手のぬくもりでインクがボタ落ちする確率も多少は減っていたことになる。

 セルロイドが危険なのは自然発火する可能性があるから。今から10年ほど前だったか、モンテグラッパの工場がエボナイトの自然発火によって全焼し、また消防署からも指導もあって、それから2年間ほどは、まったくセルロイド製軸の万年筆を作らなくなっていた。

 萬年筆が筆記具第一主義から、装身具の一部としての意味合いが高くなるにつれ、綺麗な軸色の萬年筆が増え、萬年筆文化が再び花開きつつある。

 近代萬年筆の幕開けである1983年。Pilot 65とWaterman ル・マン100が世に送り出された年。しかし、その中心はあくまでも黒軸だった。萬年筆界に再びカラー旋風を巻き起こしたきっかけは【ヘミングウェイ】と考えている。

 もちろん、それまでにもカラー軸は数多く存在した。しかし革命的に影響を与えたのはやはり【ヘミングウェイ】だろう。この登場から萬年筆界では筆記具→装飾品革命が進行していった。

 そもそも複数本の萬年筆をとっかえひっかえ仕事場に持参する事自体が、萬年筆が装飾品の一部である事の証。ネクタイと萬年筆は毎日変えるがごとしじゃ。

 生きながらえるエボナイトと、死に急ぐセルロイド。セルロイドは土に帰る性質を持っている。セルロイドの成分は硝酸繊維素【脱脂綿・硝酸・硫酸・水】と樟脳、95%アルコール、尿素からなっている。なるほど自然に帰りやすい素材じゃ。使えば使うほど、熱の変化を経験するほどセルロイドは劣化していく。すなわち持ち歩けば持ち歩くほど死期が早まる。これを【死に急ぐ】と表現した。

 短い人生(ペン生?)を華やかに生き抜くセルロイドと、ひたすら生きながらえようとするエボナイト。拙者はエボナイトに華やかに生きて欲しいし、セルロイドには生きながらえてほしい。

 そこでセルロイド製萬年筆は死蔵してたまに匂いを嗅いで幸せになる程度。エボナイトは紫外線を照射したり熱湯に入れて、その色の変化を楽しんだり、漆をかけたりしている。

 常温ではともかく、熱湯を通せばエボナイトも多少痩せて(キャップリングがくるくる回り)変色もする。その色の変化が何とも良い。Vintageのエボナイトは薄茶色に変色してしまうが、最近のエボナイトはうっすらとねずみ色になる程度で実に味わい深い・・・

 最近はキングプロフィットのエボナイト、エボナイトに漆塗り、プラスティックの3本に同じペン先を付けて使っている。エボナイト製の2本に当初ついていた柔らかすぎるペン先は現行の物と交換してある。

 毎日使っていて意外な事実に気付いた。プラスティック製の軸が一番手になじむ。ピタっと吸い付くような感じ。漆とエボナイトは微妙に滑る感じがする。セルロイド軸を引っ張り出して書いてみると、滑る感じはしない。

 ひょっとして、当時セルロイド製萬年筆が指示されたのは、この指に吸い付く感じだったのではないか? ふとそう思った。




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解説【萬年筆と科學】 その54−3 
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Posted by pelikan_1931 at 07:33│Comments(4) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 情報提供 
この記事へのコメント
樹脂、(プラスチック)は、安価な材料の代名詞のような素材におもわれますが、種々のヴィンテージ万年筆を知るようになって、加工性、強度、重量(軽さ)、触感、そして表面の美しさに於いて万年筆にはとって代えることの出来ない素材のように思えてきました。さて、セルロイドだけに限らず、クラックドアイスの様な、鉱物の結晶が固まったような模様は一体どのようにしてつくるものなのでしょうか。ずっと調べようとしているのですが、なかなか手がかりがつかめません。師匠はご存知ですか?
Posted by オットー at 2007年11月19日 12:53
しまみゅーらしゃん、venezia 2007しゃん

拙者は崩壊に立ちあいたくないので、全てお嫁にやった。

セルロイドは熱で曲がるので注意じゃ。炎天下を歩いたりするときに胸に挿していると・・・恐ろしいことになるかも・・・

せっしゃ、良く曲がったセルロイド製ペンシルを持っている。
Posted by pelikan_1931 at 2007年11月15日 23:52
私のお気に入りはの多くは50年代のモンブランですが、これは殆どがセルロイド製ですよね。死に急ぐ(分解する。)速度は、自然対数のカーブでしょうか?そうだとすると、作られて50年以上経つわけで、分解速度の傾きがそろそろサチュレートして、今生き残っているものは、これから先は大きく変化しないことを期待したいんですが。。。甘いかな?延命の為に冷暗所保存を考えようかな?分解カーブが一次式(直線)だと怖すぎます。
Posted by venezia 2007 at 2007年11月15日 22:40
 セルロイドが毎日持ち歩くべきものではないとのこと、使えば使うほど劣化するということ、初めて知って恐ろしくなりました。

 自分の一番のお気に入りは今のところ#3776セルロイドで、大事な手紙を書くときと書写のときくらいにしか使っていなかったのですが、もっと持ち歩いて親の敵のように使わなければ…と思っていたところに、この記事を読んでよかったです。

 これからも大事に使っていこうと思いました。ありがとうございました。
Posted by しまみゅーら at 2007年11月15日 09:19