2007年11月17日

土曜日の調整報告 【 Montblanc No.146 14C-OBB 筆記角度30度の世界 】

2007-11-17 01 今回の依頼品は1950年代のNo.146。ひさしぶりのオブリークじゃ。ペン先の状態も、胴体の状態も非常に良い。キャップが痩せて嵌り辛いのが唯一の弱点と言ってよかろう。

 依頼内容は、このペン先の形状を変えないで、筆記角度30度で書いてもヌラヌラと書けるようにとのこと。WAGNERでは、依頼者も含めてVintage No.146の愛好者は、筆圧が極端に低く、ペンを寝かせて書く人がほとんどじゃ。

2007-11-17 02 ペンポイントは非常にエッジの立ったOBB。実に見事!丸っこい形状のペンポイントよりもエッジが立ったペンポイントの方が美しい。開高健モデルNo.149には【エッジの立ったM】というのがあり、これが非常に美しい。

 このOBBのペン先も非の打ち所のない美しさじゃ。ただし筆記するにはスリットが詰まりすぎている。これではヌラヌラとはいかないな・・・

2007-11-17 03 こちらは横顔。まるでお手本のようにマニュアル通りの位置で首軸にセットされている。ただヌラヌラを望むなら、多少位置関係を修正した方がよい。ペン先をほんの少し前かな。

 誤解している人もまだまだ多いので注意しておくが、ヌラヌラというのは、ペン先の丸めや、ラッピングフィルムで研磨する事で達成出来る物ではない。ヌラヌラはインクフローを増やす事で達成する。ただし萬年筆は元々ヌラヌラで書くような設計にはなっていない。すなわちヌラヌラ化は、萬年筆設計者から見れば改悪なのじゃ。車高を上げたり、違法な燃料を入れたりする行為に近い。

 もし1950年代にインクがヌラヌラの萬年筆を作っていたとしても、そのインクフローを受け止められるだけの紙は非常に少なかったはず。わら半紙に中字の萬年筆で字を書くなんて考えられなかったのじゃ。

2007-11-17 04 今回の調整はペン先だけで十分だったので、首軸を胴体から外した。これは75度程度のお湯に胴軸の半分くらいまで入れて、ぐるぐるとかき回す。それを約一分間続ける。その後で首軸を厚いゴム板で挟んで左にそっと回すと外れる。たまに接着剤を使っているものがあるが、その場合は全ての作業をあきらめるのじゃ。壊しては元も子もない。

2007-11-17 05 Vingtage No.146の辺先とペン芯は、ソケット毎はずれる物しか見た事はないが、今回の依頼品ではソケットを回す凹が無い。どうやらソケット方式ではなく、直接首軸にペン先とペン芯を突っ込むタイプらしい。

 フラットフィードなので50年代初期モデルのはずだが、こういう首軸もあったのじゃな。おもしろい!まさかNo.246とかから移植したのではあるまいな・・・もっとも拙者はNo.246には触った事もないので、どういう首軸の構造なのかは知らないが・・・

 ソケット方式ならば、胴体を捻って外さなくとも、ソケット部分だけ外せばすむ。一般にVintage No.146の場合は、ペン先調整だけならソケット外し。ピストンのコルク交換なら首軸外しテレスコープの清掃や修理には尻軸外しを行う。コルク交換に尻軸外しをしてもコルクを軸内に入れた段階で、内部のねじ山でコルクがボロボロになってしまう事が多いので、首軸が外せない場合以外はやらないのが無難。

2007-11-17 06 首軸のネジはエッジが立っていて非常に綺麗。これだけエッジが立っていればインクがにじみ出す可能性は低いのでそのままねじ込んで固定すればよい。むやみに充填剤や接着剤を使うと後々の修理が出来なくなる。手の汚れは洗えば落ちるが、接着剤でとめた首軸では、コルク交換が出来ない。すなわち、接着剤を使った段階で【3年殺し】の技をかけるようなもの!絶対に接着剤を使わないようにな。

2007-11-17 07 左の画像は、詰まっていたペン先のスリットを多少拡げた状態。これだけでインクフローは劇的に改善する。Vintage MontblancのBBやOBBはイタリックに近い研ぎで、ペンポイントの厚みは薄い。従って横細縦太の文字しか書けない。スタブやミュージックの字形が好きな人以外は、VintageのBB/BBB/OBB/OBBBなどに手を出さない方がよい。Vintageの独逸製萬年筆の世界では、B以上はペンポイントが薄いと考えて間違いない。縦横ともに太い【宛名書きに適した線幅】は得られないのじゃ。


2007-11-17 08 こちらがペン芯を上から見た画像。どこをどうやってインクが流れるのか、はたまた、空気はどうやってインクタンクまで誘導されるのかを考えながらペン芯を眺めると非常におもしろい。このペン芯では、タンクからペン芯の溝へ至るまでの通路の溝が太すぎる。毛細管の働きが弱いので、空気をじゃんじゃん入れて、インクを出すような工夫がされている。

2007-11-17 09 上の画像で紫色になっている丸い部分があるが、これはペン芯裏へ通じている穴だった。そこにインクが詰まっていただけじゃ。それを針で押すと綺麗な穴が空いた。おそらくはこれでインクフローを少しでも良くしようとしていたのだろう。それにしても凝ったペン芯!

2007-11-17 10 こちらは裏側。溝は首軸から外には出ていない。従って空気はペン芯の上側を通って下に回って、首軸に入っていく構造になっている。上の画像で紹介した上下に貫通した穴はインクの通り道にあるので、空気は通れない事がわかった・・・やはりインクをペン芯上側に回す部分の隙間が太すぎて毛細管現象が強く働かないので上下直結の穴を作ったのだろう。

2007-11-17 11 こちらが調整が全て完了した状態のペン先じゃ。筆記角度30度で書いてもひっかかりもなく、ぬら〜と書ける。インクフローを良くするために多少の反則技を使った。それはペン芯とペン先との間に、ごくわずかの隙間をあける事。

 筆圧の低い人の調整のみに使える技じゃ、筆圧が低いので、筆圧でペン先とペン芯が大きく離れてインクが途切れる事はない。それならば、ペン先とペン芯との隙間にもインクを保持すれば、書き出しで使えるインク量は増える。

 筆圧の低い人の書き出し筆圧は、押さえているのか引いているのかわからないほど低い。これで書き出しからヌラヌラ・・・は難しい!・・・なら反則技じゃ! フレッド・ブラッシーの反則技としては【噛みつき】が有名だが、決め技ではなかった。決める際にはレフリーの死角をついての【金蹴り】から、神業的なひねりをきかせた【ネックブリーカー・ドロップ】を用いた。非常な親日家で紳士。奥様も日本人だった。

2007-11-17 12 こちらが横顔。ペン先とペン芯の隙間は見えまい。しかし実はわからないように隙間を作って、インク保持量を増やしているのじゃ。

 いわば、これが拙者の【ネックブリーカードロップ】じゃ。【噛みつき】や【金蹴り】の要素も多少はあるがな・・・


今回執筆時間:5.0時間 】 画像準備1.5h 調整1h 執筆2.5h
画像準備
とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
               向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間
 
  


【これまでの調整記事】

2007-11-14   Aurora エウロパ 18K-F 持久力向上 
2007-11-12   Montblanc No.342 G 14C-KF インクが出ない! 

2007-11-10   Pelikan 400NN 緑縞 14C-OM カモノハシ化 
2007-11-07   Stipula ピノキオ 赤軸 18K-M インク切れ解消
2007-11-05   Montblanc No.146 18C-F 書き味品位向上
2007-10-31   Waterman セレニテ 18C-M ペン先曲がり
   
2007-10-29   Pelikan 400NN 緑縞 14C-M ピストン/フロー改善
2007-10-24   Stipula ピノキオ 青軸 14K-M 字幅改善
2007-10-22   Montblanc No.252 14C-F フロー改善
2007-10-20   Montblanc 50年代 No.146 14C-KF ヌラヌラ化
2007-10-17   Osmia 64 → Matador Click ペン先移植
2007-10-15   Matador 996 ピストン修理に松脂利用実験
2007-10-13   Montblanc No.34 14C-M グレー軸   
2007-10-10   Pelikan 140 赤軸 & Gel Medium 
2007-10-08   Montblanc モンテローザ ピストン交換 
2007-10-06   Parker バキューマティック ペン先曲がり 
2007-10-03   Montblanc No.1466 14K-M いぶし銀
2007-10-01   Parker 75 赤ラッカー軸 14C-XF→F 交換 
2007-09-29   吸い込まれるような透明軸 Chronoswiss
2007-09-26   Montblanc 80年代 No.146 14K-EF 胴軸交換
2007-09-24   20年間酷使した Pelikan M800の復活 
2007-09-22   女王からの依頼 : ペン先の無いセルロイド軸 
2007-09-19   Montblanc 50年代 No.146 14C-KF キャップ交換
2007-09-17   万年筆博士 水牛軸 14K-HM 曲げ戻し 
2007-09-15   Senator President 14C-B 交換後 

2007-09-12   Montblanc 50年代No.146 14C-M Thin 
2007-09-10   Pelikan ナイアガラ 18C-B 交換後  
2007-09-08   Montblanc 50年代No.146 14C-M Thick
2007-09-05   Montblanc 50年代No.144 14C-B 
2007-09-03   Montblanc 80年代No.146 14K-EF ペン先曲がり 
2007-09-01   Montblanc No.342 14C-KM 

2007-08-29   Montblanc No.23246 ヘマタイト 18K-F 
2007-08-27   DELTA 20周年記念 18K-F
2007-08-25   Montblanc No.342 + No.252 そしてペン先曲がり
2007-08-22   Pelikan M1000 2.2B for 書家 
2007-08-20   Montblanc 60年代No.149 18C-M 尻軸不良
2007-08-18   Sheaffer Snorkel 金張 14K-EF
2007-08-15   Montblanc 60年代No.149 18C-OB  ハプニング! 
2007-08-13   Montblanc 70年代No.149 14C-EF → B
2007-08-11   Montblanc 70年代No.146 14C-EF from 岡山
2007-08-08   Montblanc 80年代No.146 14K-OB お好きに!
2007-08-06   Montblanc 50年代No.144-G 14C-EF
2007-08-04   Montblanc 50年代No.146 14C-M

2007-07-28   Platinum #3776 金魚 14K-太 
2007-07-25   Montblanc 70年代 No.146 18C-EF ペン先交換
2007-07-23   Pelikan 100 14C-F 2本から一本を作る! 
2007-07-20   Pelikan M800用 14C O3B → 3B  & 鍍金
2007-07-18   Pelikan #520NN 14C-M
2007-07-16   コルクが劣化したMontblanc 50年代No.144 14C-M
2007-07-13   ペン先のひん曲がったPelikan M700 トレド 18C-BB
2007-07-11   ペン芯の折れたMontblanc 80年代 No.146 14C-EF
2007-07-09   Montblanc No.74 14C-F
2007-07-06   Pelikan 400 緑縞 14K-M
2007-07-04   Pelikan #500 茶縞 14C-BB 
2007-07-01   Pelikan 400 茶縞 14K-EF

Posted by pelikan_1931 at 09:16│Comments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 万年筆 
この記事へのコメント
最北のaki しゃん

これは、その昔、monolith6しゃんのインクフローが非常に良い萬年筆を見せてもらったら、隙間が空いていたこと、しかもインク途切れが無いことに触発されて編み出した技じゃ。

使う人の筆圧が十分にわかっていないと失敗する・・・

> ペン芯の先端とニブはくっついているけど、その後ろに若干隙間が

現行品に限らず、ハート穴は空気取り入れ口であるケースが多いので、当然ペン先とペン芯は密着していません。ペン芯を眺め出すと時間がたつのを忘れますぞ。
Posted by pelikan_1931 at 2007年11月18日 19:26
>それはペン芯とペン先との間に、ごくわずかの隙間をあける事。

そんな裏技があるのですか?
実は自分の手持ちの現行MONTBLANCに、ペン芯の先端とニブはくっついているけど、その後ろに若干隙間があるものがあります。
単にニブとペン芯の相性が悪いのかと思っていましたが、それも意図的なものなんですかねぇ?
Posted by 最北のaki at 2007年11月17日 10:12