WAGNERには★王家★に関連した偉い人がいっぱいいる。11月19日には【ダメ出しの女王】からの依頼を紹介したので、本日は【文鎮王子】からの依頼を紹介しよう。
【文鎮王子】はインクを入れない状態で70g以上の万年筆を持っている人だけに参加資格のある【文鎮倶楽部】の象徴。NHKでもインタビューされ、近々発行の萬年筆関連書籍でも紹介されるらしい。文字通りWAGNERの【プリンス】じゃ。
依頼品は【WAGNER 2007】、パイロットのシルバーン・石垣をベースにした会員限定生産(40本)の万年筆。約半数は死蔵されているはずだが、王子のように果敢に使い始める人もいる。
その際に、まず驚くのが、手が黒くなることと、軸模様を彫ってある部分の黒がだんだんと薄くなっていくこと。これはベンジンで拭けば綺麗に取れてしまう。おそらくは黒みを増す為に、銀燻しの効果のある液かなにかを彫ってある部分に塗ったのであろう。
この彫りの部分は、あまり黒くない方が上品なので、ベンジンで全て拭き取るのが正解。拭き取った後でも、ルーペで見れば十分に黒いのがわかる。こういう銀ものは、年月を重ねてだんだんと変色していくのが良いので、最初にベンジンで拭いたら、後はくたびれていく状態を楽しむのが正解ではないかな・・・ さて依頼内容であるが、もっとインクが出るようにして欲しいということ。左の画像はインクを入れている状態だが、いかにもインクの出が苦しそうな感じがする。
国産メーカーの特徴として、どんな字幅であれ、ペン先のスリットの隙間が見えるのを好まない。Montblancもスリットを嫌う。ところが、ちゃんと調整すれば多少スリットが開いている方が、はるかに気持ちよく開けることは調整経験者の間では常識。筆圧が低くてインクフローが多いのが好きという、ごく少数(WAGNERでは多数)の人の為には調整が必須となる。 こちらは調整前のペン先の拡大図。途中からペンポイントまでの斜面が急角度に変化しているが、これが書き味の秘密のようじゃ。
この書き味に慣れてしまうと、やみつきになる。シルバーンはパイロット社員に最も人気のある万年筆と言われているが、書き味というよりも書きごこちで比較したらそうなるのは想像に難くない。
しかし、ここまでスリットが内側に寄っていると、筆圧の低い【王子】には使い難いであろう。筆圧不足を軸の重さでカバーするのが【文鎮】の目的だが、【WAGNER 2007】はコンバーターにインクを満タンにしても37gほどにしかならない。萬年筆の重量に依存した筆圧上昇によるインク流量増が期待できないのであれば、スリットを開くしか無かろう。 ペン先はガッチリと首軸に食い込んでいて、そう簡単に外す訳にはいかない。従って裏からスキマゲージを入れてスリットを拡げる事は出来ない。
となれば残された手段はただ一つ。スキマゲージを表から入れて、傷がつかないようにスリットを拡げるしかない。この場合は手の感覚と経験だけが頼り。力が足りなければスリットは拡がらないし、力を入れすぎると、スリットはラッパ型に開き、インクがペンポイントまで供給されなくなる。万事休すじゃ。
またスキマゲージの厚みも需要。厚すぎるとコジ入れた段階で、スリットの両側の金が盛り上がってしまう。薄すぎるとスリットは開かず、変な傷がつくのみ。まさに経験と勘だけがたよりで、マニュアルが無い世界。指が覚えている感覚に頼るしかない。 ペンポイントの形状は左のとおり。これでは十分なインクフローにふさわしい書き味にならない。
拙者が最も好きな書き味は、以前のカスタムについていたコース・ニブのそれ。シルバーンのニブと瓜二つで、やや小振りのペン先からインクがドクドクと出てくる書き味に感動した。さっそくそれと同じ調整を施してみよう。 細心の注意でスキマゲージでペン先先端の隙間を作る。時間をかけて少しずつ曲げるのではない。時間をかけてペン先の弾力を確かめ、このペン先はどの程度の力を掛ければ左右に曲がって、かつ、曲がりすぎないか・・・を想定する。この予感を養うのに一番時間をかける。
そして予感が確信に変わった瞬間に【エィ!】と力を入れるのじゃ。これで決まれば成功! 決まらなければ、そこから悪戦苦闘になる。今回は一発で決まった!というかシルバーン関係は不思議と失敗がない。集中力が違うからかな? 先端部分を拡大してみると、しっかりとスリットが拡がっている。こうなれば、インクフローは良くなる。ただし【出来るだけ太く!】という要望に対応するには、ペンポイントを研磨して接紙面積を拡大しなければならない。
これには320番の耐水ペーパーの上で、力強く8の字旋回を縦長、横長、それぞれ右回り、左回りで各20回ずつ、合計で80回転、やや強めの筆圧で削る。その後は2500番と5000番のペーパーで研磨し、金磨き布で軽く8の字旋回を各10回ずつ程度する。
注意点:プラチナやロジウムが鍍金されて銀色になっているペン先の先端を金磨き布で各100回も8の字旋回をやると、金磨き布の毛が触れてしまうペンポイント根元付近の鍍金が剥がれ、下の金色が出てくる可能性がある。従って銀色ニブ、というか、ペン先周囲が銀色に鍍金されているものには8の字旋回は使えない。また、21金ペン先の上に24金を鍍金しているセーラーには8の字旋回は一切使えない。(拙者は自分用のキングプロフィットでは、全て24金鍍金を剥がしてしまうので8の字旋回をしているがな) 完成したのを真横から見た画像。古のコースにはこういう研磨がされていた。一見、筆記角度が固定されてしまいそうだが、十分に余裕角はとってあるので問題はない。
現在のシルバーンのペン先の形状では、コースの大きさのペンポイントは取り付けられないそうだ。金型作成には通常1,000万円単位のお金がかかるので、2万本ほど発注すればコースを付けたシルバーンが実現出来るであろう。
夢は見るだけでは仕方が無く、かなえて初めて意味がある。すぐにでも2万本程度の受注をまとめられる集団にWAGNERを育て上げる必要があるということじゃ。
調整師が増えれば萬年筆市場は拡がるのは間違いない。逆にいつまでも試し書きによる偶然に期待していては、萬年筆の能力を過小評価されてしまう。
各万年筆販売店に一人は調整師がいるようなビジネスモデルを確立せねばなるまい。年間6本萬年筆を購入する人を1万人組織出来れば、最低でも年間6万本は萬年筆が売れる。全国100店に調整師を置けば、彼らは年最低600本の調整をすることになる。萬年筆の平均価格を5万円とし、調整料を定価の10%とすれば、調整師の取り分は年間300万円。調整師単独では諸経費考えれば苦しいが、店主が調整を覚えれば十分成り立つ。
あとは販売店主の意欲だけじゃ。【Pen & message.】のような萬年筆店主が百人になった時、初めて萬年筆文化栄光の時代が再来する。
・・・ なんか新興宗教の教義のようになってしまったが ・・・ 来たれ!明日の調整師!
今回執筆時間:3.5時間 】 画像準備1.0h 調整1.0h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間