今回の依頼品はMontblanc No.142じゃ。入手経緯は・・・1950年代のNo.144を購入した際に、おまけとしていただいたものらしい。ところが、No.144の書き味が非常に悪いのにくらべ、こちらは書き味が悪くなかったので、主としてNo.142の方を使っていた。
ところがWAGNERのペンクリでNo.144の書き味が激変してみると、このNo.142の書き味に満足が出来なくなってしまったというわけじゃ。
食べ物と同じで、よりおいしい物を経験してしまうと、それまで食べていたものに満足できなくなってしまう・・・舌が肥えるという現象は、萬年筆でも頻繁に経験することじゃ。
ペン先はFで、スリットは詰まっている。ただしFなのでインクの出はこんなものかなと考えていたらしい。ところがNo.144で盛り上がるようなインクフローを経験してしまうと、どうしてもインクフローが多い物に惹かれてしまう・・・というありがちなパターン。特にVintage Montblancでインクフローが良い細字を経験してしまうと、元には戻れない・・・
こちらは横顔。1950年代後半の厚いペン芯を装着している。インクフローやインク漏れ対策は、薄いペン芯よりも格段に向上しているが、困ったこともある。それは後述。
ペンポイントはほとんど摩耗していない。これが書き味が比較的良いと感じていた理由であろう。一般的に製造後50年も経過して、なお稼働している萬年筆は、愛用され続けていたものが多い。となればペンポイントは惨いほどすり減って、書き味も極悪になっているケースがほとんど・・・
ところが、この画像でもわかるように、ペンポイントがほとんど摩耗していない。よほど筆圧が低かったか、あまり使われていなかったかであろう。ペン先の鍍金の剥がれ具合からすると、前者のような気がする。
さて、厚いペン芯の問題だが、左図のように、ソケットを外す為の工具が使えない。この工具は1950年代前半のNo.142に合わせて作られた物だが、後期のモデルではペン芯の厚さがじゃましてソケットの凹まで届かない・・・
結果としてこの個体では、ソケットの凹がある部分が、ペン先のスリットの延長線上から45度ほど傾いた位置になっていた。どうせ工具が届かないので、どこにあっても一緒とはいうものの、美しくはないので、正しい位置にセットしておいた。
こちらがスリットをやや拡げ、ペン先の裏表の細かい傷やエボ焼けを取り除いた後の画像じゃ。
ペン先表面の鍍金が多少薄くなっていることを除けば、驚くほど整った形状をしている。とても【おまけ】で差し上げるようなものではなく、一級品の書き味を持つ逸品じゃ。贈呈者は、ペン先の鍍金剥がれが商品価値をそこなうと判断したのかもしれないが、入手された人は【ラッキー!】
スリット部分を拡大すると、左のとおり。スリットは先端に行くほど間隔が狭くなっている方がインク切れの確率は減る。
よく先端の間隔が開いていると、毛細管現象が働かず、インクが出ない・・・と誤解している人もいるが、ペン先を下に向けて書く場合には、重力やインクの引き、はたまた、ポンプ作用(萬年筆と科學の過去記事参照)などで、先端が狭まっていなくともインクは出る。ただし先端の方が狭い方が、インクフローやインク切れ対策に【有利】なのは事実じゃ。
こちらが調整後の横顔。ペン先先端がキャップ内の天井に衝突状態だったので、多少ペン先を首軸に押し込んだ上で、クリップを固定している天冠ネジのキャップ内側部分の先端を研磨した。その部分がキャップ内部の天井になっているので、その部分を研磨すれば天井は上がる。
これでNo.142も、既に調整したNo.144に負けない書き味になっているはずじゃ。元々の素質が良い上に、調整にかけた時間も違うので、おそらくはNo.142がNo.144を抜き返したのではないかな?
今回執筆時間:4.0時間 】 画像準備1.5h 調整1.0h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間