2007年12月01日

土曜日の調整報告 【 Montblanc '50年代 No.146 14C-M 死地からの復帰 】

2007-12-01 01 今回は調整というより修理がメイン。患者は北陸からやってきた、1950年代のMontblanc No.146 14C-M。同時期のNo.149があまりに故障しやすいのに比べて、小柄なNo.146は比較的故障確率が低い。また重量バランスも良く、最も人気のあるVintage Montblanc であろう。

 熱狂を得ているのは、ペン先のしなやかさ。個体差はかなりあるが、Pelikan 400NNよりも【筆圧を掛けた時の戻りの速度】が遅い感じがする。Pelikan
400NNでは、ぐっと筆圧を掛け、次に筆圧を減らすと、ビョイーンとペン先が元に戻る。No.146では、ムニューっと戻る感じ・・・うまく表現できないが。

 この戻りの遅さが、ゆっくりと文字を書く人にはたまらなく良い感じ。一文字ずつ楽しみながら書ける。Pelikan 400NNが【書くリズム】を楽しめるのに対して、No.146では【書く感触】を楽しむことが出来る。

2007-12-01 02 依頼者も【書く感触】を存分に楽しんでいたようなのだが、ある日、突然ピストンが動かなくなった。左の図の状態で止まったのじゃ。尻軸がビクともしなくなって拙宅にやってきた。

2007-12-01 03 拡大してみると左図の状態のままピストンがロックしている。この段階では原因はまったくわからなかった。というか、テレスコープ機構がロックしたのだと考えた。

 テレスコープ吸入式の弱点は、壊れやすいこと。驚くほどの確率で壊れる。中古のNo.14Xをばらしてみると、テレスコープの途中をハンダで固定して修理してあるものもある。もちろん、ピストンは半分程度しか動かないが、それでも吸入量はカートリッジよりもはるかに多い!


2007-12-01 04 きっとテレスコープのロックだろうなと思って分解してみた。幸いにして首軸が接着剤で固定されていなかったので、簡単に外れた。左上の吸入機構が正しい状態。その下にあるのが、このNo.146の吸入機構の状態。コルクはそれほど劣化していないが、コルクを固定するエボナイト製の部品がテレスコープ機構から外れてしまっている。

2007-12-01 05 拡大してみると、左図の右側のとおり。正しい状態は左側じゃ。エボナイト製部品にくびれがあって、そこに金具を被せてバコンと挟んでロックしてあったのだろう。それが経年変化で緩くなり、また軸も痩せてピストンがきつくなり、吸入機構を引っ張り上げようとした時に、パコっと抜けたと考えられる。

2007-12-01 06 上の画像にある壊れてない吸入機構と交換しようと考えたが、そちらはNo.144用なので、尻軸の大きさが合わない。そこでパテで止めることにした。

 出来上がったのが上の画像。これでは良くわからないので、拡大図を用意した。


2007-12-01 07 こちらが拡大図。エボナイト製のコルク止め部品を金属のテレスコープ吸入機構に入れてパテで固定した。最初は割れた花瓶を固定するのに用いる粘度パテを使おうかと考えたが、乾燥した状態で水分をガンガン通してしまう。それでは萬年筆には不向きと考え、東急ハンズでパテをあさった。

 こういう目的物を探しに行く行為は非常に楽しい。まわりを見渡してみると、目を爛々と輝かして物色している人が大勢いる。昔と違うのは、【爛々娘】が目立つこと。世の不器用な男性は、この分野でも主導権を握られるかもしれないな・・・

 女はメシ炊き、男は修理・・・といわれた時代を崩したのは、ユニセックス化した道具である【パソコン】。これで自信を深めた女性陣が、一気に修理の世界に進出し、手抜き料理にがまんならなくなった男性陣が料理の世界に攻め入ろうとしている・・・のかも?

2007-12-01 08 使用したパテは左に示した【Araldite】。アラルダイトは20°〜25°では約1時間で実用強度に達し、24時間後には最大強度に達し、以降その強度を維持する。また0°であっても8時間後には実用強度に達するというすぐれもの。

 ポリエチレンなどの熱可塑性プラスティックには不向きらしい。【金属、ガラス、木材、石、コンクリート、皮革、熱硬化プラスティック、加硫ゴム等、幅広い材質の異種間、同種間の接着が可能】という説明文を読んでこれに決定した。

 加硫ゴムって・・・エボナイトでは? いままでエボナイトには接着剤が使えないと言われていたが、このパテなら大丈夫!と判断した。結果大成功!

2007-12-01 09 さて、この個体にはもう一つ問題があった。キャップのセルロイドが痩せていて、キャップが回らないどころか、被せるのにすら苦労する。米国製萬年筆に使われているセルロイド軸では、ここまで痩せる物はほとんど無い。独逸は敗戦国でもあり、良い材料が回ってこなかったのかも知れない。

2007-12-01 10 そこで1970年代のNo.146用のキャップを試してみたら、なんとキャップのネジのピッチが同じで見事に使える。プラスティック製なので痩せる事もない。左図の上が70年代キャップに50年代のクリップを移植した物。下が残った60年代のキャップじゃ。相当に凸凹に痩せているのがわかろう。ちなみに1990年代のキャップはネジのピッチがまったく合わなかった。その間のどこかで変わったのであろうな。

 依頼者も大喜びであったが、拙者も新しい修理法を見つけ、それを広報出来て嬉しい。ぜひこういう修理技法を会得し、可能な限り1950年代のペン先の感触を後世に伝えて欲しいものじゃ。いつの日かこの書き味を復活しようと考える人が出てくるまで!



今回執筆時間:6.5時間 】 画像準備2.5h 調整2.5h 執筆1.5h
画像準備
とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
               向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間 
 


【これまでの調整記事】

2007-11-28   Montblanc No.142 14C-F 相対評価の果てに・・・
2007-11-26   Montblanc No.147 14K-OM 羊の皮をかぶった山羊
2007-11-24   WAGNER 2007 18C-B 王子からの依頼
2007-11-21   Montblanc No.254 14C-EF ペン先曲がりと・・・
2007-11-19   Parker 75 14K-63 女王様の憂鬱
2007-11-17   Montblanc No.146 14C-OBB 筆記角度30度の世界
2007-11-14   Aurora エウロパ 18K-F 持久力向上 
2007-11-12   Montblanc No.342 G 14C-KF インクが出ない! 

2007-11-10   Pelikan 400NN 緑縞 14C-OM カモノハシ化 
2007-11-07   Stipula ピノキオ 赤軸 18K-M インク切れ解消
2007-11-05   Montblanc No.146 18C-F 書き味品位向上
2007-10-31   Waterman セレニテ 18C-M ペン先曲がり
   
2007-10-29   Pelikan 400NN 緑縞 14C-M ピストン/フロー改善
2007-10-24   Stipula ピノキオ 青軸 14K-M 字幅改善
2007-10-22   Montblanc No.252 14C-F フロー改善
2007-10-20   Montblanc 50年代 No.146 14C-KF ヌラヌラ化
2007-10-17   Osmia 64 → Matador Click ペン先移植
2007-10-15   Matador 996 ピストン修理に松脂利用実験
2007-10-13   Montblanc No.34 14C-M グレー軸   
2007-10-10   Pelikan 140 赤軸 & Gel Medium 
2007-10-08   Montblanc モンテローザ ピストン交換 
2007-10-06   Parker バキューマティック ペン先曲がり 
2007-10-03   Montblanc No.1466 14K-M いぶし銀
2007-10-01   Parker 75 赤ラッカー軸 14C-XF→F 交換 
2007-09-29   吸い込まれるような透明軸 Chronoswiss
2007-09-26   Montblanc 80年代 No.146 14K-EF 胴軸交換
2007-09-24   20年間酷使した Pelikan M800の復活 
2007-09-22   女王からの依頼 : ペン先の無いセルロイド軸 
2007-09-19   Montblanc 50年代 No.146 14C-KF キャップ交換
2007-09-17   万年筆博士 水牛軸 14K-HM 曲げ戻し 
2007-09-15   Senator President 14C-B 交換後 

2007-09-12   Montblanc 50年代No.146 14C-M Thin 
2007-09-10   Pelikan ナイアガラ 18C-B 交換後  
2007-09-08   Montblanc 50年代No.146 14C-M Thick
2007-09-05   Montblanc 50年代No.144 14C-B 
2007-09-03   Montblanc 80年代No.146 14K-EF ペン先曲がり 
2007-09-01   Montblanc No.342 14C-KM 

2007-08-29   Montblanc No.23246 ヘマタイト 18K-F 
2007-08-27   DELTA 20周年記念 18K-F
2007-08-25   Montblanc No.342 + No.252 そしてペン先曲がり
2007-08-22   Pelikan M1000 2.2B for 書家 
2007-08-20   Montblanc 60年代No.149 18C-M 尻軸不良
2007-08-18   Sheaffer Snorkel 金張 14K-EF
2007-08-15   Montblanc 60年代No.149 18C-OB  ハプニング! 
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2007-08-11   Montblanc 70年代No.146 14C-EF from 岡山
2007-08-08   Montblanc 80年代No.146 14K-OB お好きに!
2007-08-06   Montblanc 50年代No.144-G 14C-EF
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2007-07-28   Platinum #3776 金魚 14K-太 
2007-07-25   Montblanc 70年代 No.146 18C-EF ペン先交換
2007-07-23   Pelikan 100 14C-F 2本から一本を作る! 
2007-07-20   Pelikan M800用 14C O3B → 3B  & 鍍金
2007-07-18   Pelikan #520NN 14C-M
2007-07-16   コルクが劣化したMontblanc 50年代No.144 14C-M
2007-07-13   ペン先のひん曲がったPelikan M700 トレド 18C-BB
2007-07-11   ペン芯の折れたMontblanc 80年代 No.146 14C-EF
2007-07-09   Montblanc No.74 14C-F
2007-07-06   Pelikan 400 緑縞 14K-M
2007-07-04   Pelikan #500 茶縞 14C-BB 
2007-07-01   Pelikan 400 茶縞 14K-EF

Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(4) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 万年筆 
この記事へのコメント
らすとるむしゃん、まとりっくすしゃん、二右衛門半しゃん

密着して接着するものではなく、あくまでも補強ようのパテみたいなものなので、美しい形状のまま接着するのは無理でしょうな。
いずれにせよ、朗報です!
Posted by pelikan_1931 at 2007年12月03日 08:09
おおー、エボナイトの接着剤ですか!
これで手持ちの極小万年筆のキャップの割れが直せるかな??
手先が器用であれば。。。。
Posted by 二右衛門半 at 2007年12月02日 00:50
ついに漆以外のエボナイト接着法が発見されましたね
流石、師匠。 これでヴィンテージのエボに手を出してもだいじょうぶ?
Posted by まとりっくす at 2007年12月01日 21:18
こんばんは、師匠。

エボナイトの接着剤の発見これは朗報です!
これまでいろいろ試したのですが良い物が見つかりませんでした。
25Xのキャップ割れ樹脂にも効くのかな?
セルロイドには接着剤が有るようなのですが・・・一般に入手可能では無い様でこれはという物にお目に掛かったことはありません。
Posted by らすとるむ at 2007年12月01日 20:54