今回は調整というより修理がメイン。患者は北陸からやってきた、1950年代のMontblanc No.146 14C-M。同時期のNo.149があまりに故障しやすいのに比べて、小柄なNo.146は比較的故障確率が低い。また重量バランスも良く、最も人気のあるVintage Montblanc であろう。
熱狂を得ているのは、ペン先のしなやかさ。個体差はかなりあるが、Pelikan 400NNよりも【筆圧を掛けた時の戻りの速度】が遅い感じがする。Pelikan 400NNでは、ぐっと筆圧を掛け、次に筆圧を減らすと、ビョイーンとペン先が元に戻る。No.146では、ムニューっと戻る感じ・・・うまく表現できないが。
この戻りの遅さが、ゆっくりと文字を書く人にはたまらなく良い感じ。一文字ずつ楽しみながら書ける。Pelikan 400NNが【書くリズム】を楽しめるのに対して、No.146では【書く感触】を楽しむことが出来る。
依頼者も【書く感触】を存分に楽しんでいたようなのだが、ある日、突然ピストンが動かなくなった。左の図の状態で止まったのじゃ。尻軸がビクともしなくなって拙宅にやってきた。
拡大してみると左図の状態のままピストンがロックしている。この段階では原因はまったくわからなかった。というか、テレスコープ機構がロックしたのだと考えた。
テレスコープ吸入式の弱点は、壊れやすいこと。驚くほどの確率で壊れる。中古のNo.14Xをばらしてみると、テレスコープの途中をハンダで固定して修理してあるものもある。もちろん、ピストンは半分程度しか動かないが、それでも吸入量はカートリッジよりもはるかに多い!
きっとテレスコープのロックだろうなと思って分解してみた。幸いにして首軸が接着剤で固定されていなかったので、簡単に外れた。左上の吸入機構が正しい状態。その下にあるのが、このNo.146の吸入機構の状態。コルクはそれほど劣化していないが、コルクを固定するエボナイト製の部品がテレスコープ機構から外れてしまっている。
拡大してみると、左図の右側のとおり。正しい状態は左側じゃ。エボナイト製部品にくびれがあって、そこに金具を被せてバコンと挟んでロックしてあったのだろう。それが経年変化で緩くなり、また軸も痩せてピストンがきつくなり、吸入機構を引っ張り上げようとした時に、パコっと抜けたと考えられる。
上の画像にある壊れてない吸入機構と交換しようと考えたが、そちらはNo.144用なので、尻軸の大きさが合わない。そこでパテで止めることにした。
出来上がったのが上の画像。これでは良くわからないので、拡大図を用意した。
こちらが拡大図。エボナイト製のコルク止め部品を金属のテレスコープ吸入機構に入れてパテで固定した。最初は割れた花瓶を固定するのに用いる粘度パテを使おうかと考えたが、乾燥した状態で水分をガンガン通してしまう。それでは萬年筆には不向きと考え、東急ハンズでパテをあさった。
こういう目的物を探しに行く行為は非常に楽しい。まわりを見渡してみると、目を爛々と輝かして物色している人が大勢いる。昔と違うのは、【爛々娘】が目立つこと。世の不器用な男性は、この分野でも主導権を握られるかもしれないな・・・
女はメシ炊き、男は修理・・・といわれた時代を崩したのは、ユニセックス化した道具である【パソコン】。これで自信を深めた女性陣が、一気に修理の世界に進出し、手抜き料理にがまんならなくなった男性陣が料理の世界に攻め入ろうとしている・・・のかも?
使用したパテは左に示した【Araldite】。アラルダイトは20°〜25°では約1時間で実用強度に達し、24時間後には最大強度に達し、以降その強度を維持する。また0°であっても8時間後には実用強度に達するというすぐれもの。
ポリエチレンなどの熱可塑性プラスティックには不向きらしい。【金属、ガラス、木材、石、コンクリート、皮革、熱硬化プラスティック、加硫ゴム等、幅広い材質の異種間、同種間の接着が可能】という説明文を読んでこれに決定した。
加硫ゴムって・・・エボナイトでは? いままでエボナイトには接着剤が使えないと言われていたが、このパテなら大丈夫!と判断した。結果大成功!
さて、この個体にはもう一つ問題があった。キャップのセルロイドが痩せていて、キャップが回らないどころか、被せるのにすら苦労する。米国製萬年筆に使われているセルロイド軸では、ここまで痩せる物はほとんど無い。独逸は敗戦国でもあり、良い材料が回ってこなかったのかも知れない。
そこで1970年代のNo.146用のキャップを試してみたら、なんとキャップのネジのピッチが同じで見事に使える。プラスティック製なので痩せる事もない。左図の上が70年代キャップに50年代のクリップを移植した物。下が残った60年代のキャップじゃ。相当に凸凹に痩せているのがわかろう。ちなみに1990年代のキャップはネジのピッチがまったく合わなかった。その間のどこかで変わったのであろうな。
依頼者も大喜びであったが、拙者も新しい修理法を見つけ、それを広報出来て嬉しい。ぜひこういう修理技法を会得し、可能な限り1950年代のペン先の感触を後世に伝えて欲しいものじゃ。いつの日かこの書き味を復活しようと考える人が出てくるまで!
今回執筆時間:6.5時間 】 画像準備2.5h 調整2.5h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間