今回の依頼品はMontblancのMonte Rosa。そのタッチの柔らかさで強烈なファンを持っている萬年筆。元々はNo.342の下位にあたる学童用廉価バージョンという位置づけだったと思われる。
No.344やNo.342も学童用だったが、さらに小型な軸。かわいらしさから考えて女の子をターゲットにしていたのかも知れない。キャップの口の金属がMontblancの頂上の万年雪のような形になっているのがMonte Rosaの特徴。小振りなボディに、非常に小さなオープンニブが付いている。
【小さくて肉薄】であればヘロヘロに柔らかいペン先に出来る。大きなペン先を肉薄にすると、自重でひん曲がったりする事故があり得るので、肉厚にせざるを得ない。ペン先が大きくて柔らかなペン先に憧れても無理で、柔らかさ優先にするなら小さいペン先の萬年筆を選ぶのがよい。
戦前のSwanやKaweco、Osmiaなどには非常に柔らかい小型ニブが多い。このMonte RosaやNo.342も柔らかいですぞ。ただし柔らかいニブは長時間執筆すると疲れるらしいがな。
依頼内容は書き味というより、見映えの調整。ペン先が首軸に入りすぎなので、美しい位置にして欲しいとのこと。
しかし、生贄である以上、依頼者の要望は参考程度にとどめて、拙者が考える最善の状態に調整する。それが生贄の運命じゃ。
まずはペン先のスリットが詰まっている。かなり大きなペンポイントなのに、このスリットの状態では能力にあったインクフローが得られない。
ソケットを外す際に専用工具が使えなかった。よく見ると、ソケットの凹がペン先のスリットの延長上に無い。これでは専用器具が使えない。そういう時には器具から作るか、ペン先とペン芯をゴム板で抜いてから専用工具でソケットだけはずすかじゃ。
今回は後者の方法をとった。理由は肉厚のペン芯なので折れにくいから。フラットフィーダーを掴んで引き抜くと、かなりの高確率でペン芯が折れたり、歪んだりする。その点、後期のペン芯は安全じゃ。こうやって改善されているのもかかわらず、前期の危険なフラットフィーダーが好きな人が多いのが理解出来ない。実は、拙者もそうなのだがな・・・
ペン先は14Cのペン先で、Mont Rosa用の純正品。それほど汚れが付着していないところから考えて、かなり萬年筆の分解を頻繁にやる人の手元にあったはずじゃ。
表側に比べて裏側の清掃が不十分なのは、分解はするが、萬年筆の構造やインクフローについて突き詰めて考えている人ではなかったのじゃろう。ま、それが普通。
こちらがペン芯。このペン芯には金鍍金の滓が付着している。ということは、このペン芯の上には、元々は鍍金ペン先が乗せられていたはず。そのペン先を外して、14Cのペン先を乗せ、首軸の適当な位置に押し込んだのであろう。
この胴体には元々は鍍金ペンが搭載されてた、あるいは、鍍金ペンを乗せて使っていたペン芯を流用した・・・
以前は、こういう推理が出来るようになるまでには、何本も分解してみなければならなかった。しかしなが、ネット社会では、今この瞬間から読者の知識となっている。
いつの日にか、こういうペン芯に出会ったら、思い出して感慨にふけるだけではなく、徹底的に剥がして綺麗なペン芯にする事を優先するようにな!
ペン芯の溝の中にあるインク滓は最悪。スキマゲージで完璧に取り除くように。カッターに刃ではダメ!必ずスキマゲージで!
こちらがこの萬年筆の最大の欠点。ペン芯の先端が上に盛り上がっている。左が上側で右が下側の画像じゃ。どうやらサンドペーパーで真っ直ぐにしようとゴシゴシ削って、仕上げをしていないと思われる。最低!
この上にひん曲がったペン芯のおかげで、ペン先はペン芯と密着していない。これではインクは出ない!
ネットで購入するVintage萬年筆の怖さは、こういう所にある。何千本も販売しているプロであれば、こういう事はしない。完璧に調整した物を出品している。しかし素人が出す物は、90%以上がこの手のトラブルを抱えている。
常識で考えても、自分が気に入っていて完璧な状態の品をオークションに出すわけが無い。自分が気に入らなくなった物を、絶対に会うことのない遠隔地の人に売りつけようと考えているケースがほとんど。(プロは信用問題になるので別ですが)
従って素人出品で完璧な物が出るはずがない! ・・・ と考えてオークションに望むのが正しい姿じゃ。ある程度の技術もあり、部品も多少は持っている拙者ですら、最近は新品以外はeBayではほとんど購入しないほど。
eBayは二極化してきた。プロが出す物はより状態が良くなり、素人物はほとんどアウト! 計画されているヤフオクとeBayの統合後は特に注意が必要。【悪貨は良貨を駆逐する】
一見してわからなくとも、分解すれば弱点が見えてくる。海外の素人から購入するのは・・・拙者の生贄を増やしてくれるので嬉しい限りじゃ!
こちらがスキマゲージで清掃し、ロットリング洗浄液の入った小さなガラス瓶に入れて振り回した後1時間放置、その後水で洗浄して乾燥させた状態のペン芯。ここまで綺麗になれば問題ない。ペン先とペン芯を分離しないと完全清掃できないことがよくわかったであろう。教材としては最高の生贄じゃ!
ペン先は清掃後、スリットを多少開いた。この段階で書き味の柔らかさが予想されるような美しさ。
ニブの拡大画像だけはいつまで見ても飽きない! 特にMonte Rosaはキャップの口の模様と同じ雪模様(波形)をペン先にも刻印している!
こちらがペン芯に乗せた状態のペン先。スリットがごくわずかに開いて搭載されているのがわかろう。この大きさのペンポイントであれば、様々な字巾の文字を表現できる。非常に柔らかいペン先と相まって、縦書きでも十分美しい文字が綴れるのではないかな。
調整前は、なんと【14C】の刻印の部分までが首軸内に押し込められていた。これでタッチはさらに柔らかくなるじゃろう。
こちらは横顔。調整前には6本しか出ていなかったフィンが、調整後は8本見えている。相当前に出したことになる。
以前はペン芯が上にめくれ上がっていた為、ペン先とペン芯を少しでも密着させようと首軸に力一杯押し込んでいたのであろう。
ペン芯先端部のめくれを修正したので、ペン芯との密着度が上がり、スムーズなインクフローになり、タッチも柔らかくなったはず。
ほとんどのケースで、【調整依頼】よりも【生贄提供】の方が良い結果が得られるので、そちらをお奨めする。
今回執筆時間:5.5時間 】 画像準備1.5h 調整2.5h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間