今回の依頼品は1970年代のNo.149 14C-B。ペン先は開高健モデルと同じ形状なので、ペン芯を交換したか、ペン先を交換したか、はたまた移行期のモデルかは不明。ただ、こういう組み合わせには比較的よく遭遇するので、移行期モデルと考えるのが妥当であろう。とするならば1980年代前半かな?
症状としては、書いているとインクが切れるのと、【何となく書き味に品がない・・・】とか。言い得て妙な表現。たしかにゴツゴツしていて、ダウンヒル専用のMTBのような書きごこちじゃ・・・(実はそんな高級な自転車に乗ったことはない)
引っ掛かりは無いが、ゴツゴツしていて良くインクが切れる。この症状はペンポイントにスイートスポットが無い場合に発生する。早い話が未使用に近い逸品じゃ。最近では14C-Bニブ付きはオークションに出ると、目が飛び出そうな値段にまで上がっていく・・・
ペン先の形状は実に美しい!綺麗な斜面の曲線じゃ。No.149のペン先は斜面急タイプ(開高健)、中庸タイプ(現行品)、ふっくらタイプ(60年代から70年代の18C)がある。MやBなら斜面急タイプ、BBやBBBならふっくらタイプが美しい。
このNo.149に装着されているニブは良い具合にエボ焼けしていて美しいが、これではインクフローが悪かろう。取り除くしかあるまい。
こちらは横から見た画像。これでよくわかるが、当時のMontblancのB以上はイタリックやスタブに近い形状の字を書くための物。ペンポイントの厚みがほとんど無く、横細縦太の文字が書ける。
拙者はこういう文字が大好きなので、この時代のB〜BBBを血眼になって集めたのだが、縦横が同じ太さの文字をお好みならこの時代のNo.149は最低!となる。そういう方はM800の3Bをどこかで研ぎ出してもらうのが一番じゃ。既製品ならパイロットのコース(C)か、セーラーのズーム(Z)が良かろう。
ちなみにセーラーの長刀は、どちらかといえば縦細横太が得意。拙者は金ペンなら何でも好きじゃ。料理人は食べる物に好き嫌いはあっても、料理の素材の好き嫌いは比較的少ないもの・・・
こちらは裏から見た画像。どう考えてもペン芯が前に出すぎている。また切り割りからずれてセットされている。従って左右のペン先に若干の段差がある。このせいで書き出しにインクが出ない不具合が(書き出しの最初の線の筆記方向によっては)出ていたのじゃ。
またペン芯のカーブとペン先のカーブが合っていない。ペン芯の先端とペン先とは密着しているが、そのほかの場所では(特にハート穴より前)ではペン先が浮いている状態。これもインクフローに悪影響を及ぼすはず・・・。少しペン先をお辞儀させる必要がある。その上でペン芯のカーブと合う位置を探るのじゃ。
美しい!エボ焼けに対する拙者のあこがれば、フェンテの集いが名古屋で行われた10年以上前に遡る。No.149を2本酷使している若者がいた。その一本(中白ニブ)の周囲の金の部分が赤銅色にエボ焼けしていた。その美しさに憧れ、どうやったら赤く変色するのかいろいろ実験した・・・ 懐かしいなぁ。
エボ焼けがインクフロー悪化の原因の一つと知ってからは見つけ次第退治しているが、自分のコレクションだけはエボ焼け状態で保存している。
スリットもガチガチに詰まっているし、このエボ焼け!インクフローが悪いわけじゃ!
裏側も凄い!ほとんど未使用状態でこれだけエボ焼けするとは、Montblancの黒インクを使っていたのに違いない。monolith6しゃんの過去の経験ではMontblancの黒インクを入れているとエボ焼けする確率が高いと以前教えてもらった。それを聞いてMontblancの黒インクを初めて買った記憶がある。
内部のピストンを拡大してみると、インクの残骸がこびりついている。ただし黒インクの上に緑インクが付着している。
生贄に差し出された時には、茶色のインクが入っていたので、黒や緑インクは前の所有者が使っていたと思われる。しかも最後に使ってから長い時間が経過していたようじゃ。いずれにせよ不完全な清掃のままでインクを変えるのは非常に危険!拙者は常に完全分解して清掃してからインクを変えている。
ピストンの横側にもインクが回り込んでいたので、ピストンの上下運動も非常に硬かったが、ロットリング洗浄液で洗えば、嘘のように綺麗になる。
こちらが洗浄の終わったピストン。まるで新品!
ところで尻軸のネジ部分の右側にある白い部分は何か?おそらくは接着剤ではないかと思われる。しかし専用工具で簡単にピストン機構が外れることから考えて、接着力は強くない。ということはコーキング剤のようなものか?
いずれにせよ、何故そんなものを使うのかがわからない・・・熱膨張で簡単に外れてしまうのを防ぐ為かもしれない。製造された時のサービス網と、販売地域の広さのギャップがあると、こういう事故防止策を講じる必要があったのじゃろう。
本来ならこういう修理が出来る販売店を優遇するのが筋だと思うが、修理すらさせないように方針変更をするとはMontblancは何を考えているのだろう?このままでは、そのうちネジ山に接着剤を塗って外せないようにするかも・・・。究極の狙いはメンテナンス・フリーのペン先を付けた高価な使い捨て万年筆か?【高価なラミー・サファリ】の世界に行こうとしているのかも知れない。
こちらは十分に清掃が終わってから再度取り付けたペン先画像。スリットは多少拡げてインクフロー改善を図ってある。
このNo.149ではハート穴がペン芯上部の空気の通り道に直結しているので、少しでもペン芯の溝とハート穴の位置がずれるとインクフローに悪影響が出る可能性がある。ペン先とペン芯の位置調整は十分慎重にせねばならぬ。
こちらがスリットの拡大図。ペン芯先端とペン先が接している部分よりもペンポイント先端のスリット間隔が狭いのが理想だが、今回は大成功!
実際には多少先端が拡がっていてもペン先を下に向ければインクは出る。またプラチナカーボンインクであれば、どんな状態であってもインクが途切れることはない。
ただし、【神は細部に宿る!】をモットーにしている拙者はこういう所に妥協は出来ない。アマチュアだから生産性は関係ない・・・
こちらはペン先を研いでいない状態の横顔。ペン先とペン芯の密着度は修正してある。インクフローを改善させたので書き味はどうかな?と試してみたが、下品さは解消されていない!やはりいくらインクフローが良くなっても、スイートスポットの無いペン先の書き味には品が無い。ここまで美しいペン先には、それなりに気品のある書き味も求められる。
スイートスポットを出すのは5分で出来る。誰の筆記角度でも良いので、一ヵ所だけ滑らかに書けるポイントを作る。それと筆記者の筆記角度をつなぐ運河を造るように研いでいくのじゃ。そうすれば、筆記角度に神経質にならなくても、そこそこの書き味で書けるようになる。
依頼者の筆記角度で研ぐのではなく、拙者の筆記角度で研いで運河を作るのじゃ。もっともこの方法はM、B、OM、OB、OBBでしか通用しないがな。
他人の調整に行き詰まったら試してみると良い。よほど特殊な持ち方の人(とダメ出しの女王)でなければ通用するじゃろう。お試しあれ。
【 今回執筆時間:5.0時間 】 画像準備2.5h 調整1.0h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間