今回の依頼品はPelikan M320のオレンジ軸。これが最初に発売された時、日本では予約分しか販売しない・・・というような情報が流れていた。しかし個人からの予約を意味したのではなく、販売店からメーカーへの予約という意味だったようじゃ。現在でも比較的たやすく手に入ることから考えれば、販売店が【これは当たる!】と考えて大量予約をかけたのかもしれない。
依頼者からの症状分析によれば、一言・・・【呼吸困難】とのこと。
その昔、長原先生に【呼吸困難】を直してもらった事がある。先生がペンクリを始めたばかりのころで、拙者も調整で失敗してばかりいたころ。先生は【おお、こりゃ呼吸困難じゃ。喉が詰まっとる】と言って、ペン先を外し、力一杯ペン先をもみほぐし、何も研がないで首軸に差し込んだ。
【あんたは、研ぎはええ腕しとる。しゃぁけど研ぎだけじゃ問題は解決せんのよ。ほれ書いてみんさい】と言ってペンを差し出した。この間2分ほど。
書いてみると200文字ほどでインクが切れていたDuofoldのMedium Italic付きが見事に直った! その時は、そばに川口先生もいて、インクフロー理論を説明してくれた。またParker 75のキャップの嵌合が甘いのを直してくれた。
2人の先生が競演していた【究極のペンクリ】を経験出来たのはラッキーじゃった。
さて生贄の状況だが・・・形状は【メタボ型ニブ】。初期のウェストが締まったタイプと比べると剛性がやや高いように思う。
ペンポイント先端に隙間があるのに、そこまでインクが到達しないような形状をしている。これはペンポイントが段違い、かつ背開きになっており、ペンポイントの下側が衝突しているからだと考えられる。書き味はガリガリで、インクも出にくいという最悪の状況になっているはず。
横顔を見ると、スリットのむこう側が多少上に出ていることがわかる。ペン先を上から見た場合は、スリットの左側が右側より上にズレているのじゃ。
横からの画像でこれほどはっきりとズレがわかるケースはほとんど無い。ものすごく美しい形状のペン芯とペンポイントなのに、ズレはもったいない!
M300系のソケットはM400、M600、M800とは異なり、M1000と同じ形状をしている。おそらくは天冠の刻印を印刷もどきに変えたのと同じプロダクトデザイナーが担当したと思われるが、このソケットは格段に良い!何が良いかと言えば・・・見映えが良い!
上が今回のペン先ユニット、下が同じ依頼者から持ち込まれた、1月26日のBlogで紹介したM320 緑軸のペン先ユニット。
上の方はスリットの部分が谷のように窪んでいる。これは背開きを直そうとして、左右のエラを外側に反らせた痕跡。それでもまったく改善されていないので、相当の重傷! ただしM320のペン先は素材が柔いのですぐ直せる。
まずは現状の調査。拡大図を見ると予想どおり、前から見て右側が上に上がり、ペンポイントの下側が衝突している。これが出荷段階でそうなったのか、背開きを解消しようとした時にズレたのか、前回首軸をねじ込む時に回しすぎたのか、はたまた筆圧でズレたのか・・・出荷時からズレていたのかは不明。ただ、ここまでズレたものが出荷検査で検出されないわけはないので、おそらくは出荷後のズレと思われる。なんとなく毒入餃子の混入経路推定に似ているな・・・
こちらがソケットから取り外したペン先。この状態でもペンポイントの状況は変わらない。すなわちペン芯に問題があるのではなく、ペン先に問題があることがわかった!特にスリットのところが窪んでいるのが美しくない。
ペン芯とペン先を分解しない、お手軽ペンクリ調整では、このような状況になりやすい。完璧を期すなら、自分できっちりとペン先形状調整する必要がある。研ぎはお願いするにしても、ペン先形状調整は自分でやるべきじゃ。そしてペン先形状調整は正しい状態がわかれば、後は淡々と作業するのみ。相当不器用な人でも3日もあれば満足な設定を体得できると思われる。
こちらがペン先形状調整が終了したニブ。スリットは真っ直ぐにとおり、スリット窪みも解消されているのがわかろう。
実は【メタボ型ニブ】の形状も多少改善している。ツボ押し棒でペン先を開くと同時に、ソケットの直前に位置する部分を指でつまんで曲線を直線に近づけた。これで多少シルエットが美しくなったはずじゃ。
スリットは先端に行くほど狭くなっている。これも素早くインクがペンポイントに供給される為の王道。
ペンポイント先端部のエッジは多少まるめてある。依頼者の将来の書き癖の変化を吸収するというよりも、既に万年筆に興味津々の娘さんの手に渡る可能性を考慮して、多少の揺らぎに耐えられるように調整しておいたのじゃ。
【 今回執筆時間:6.0時間 】 画像準備2.0h 調整2.5h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間