2008年02月09日

土曜日の調整報告 【 Pelikan M320 オレンジ 14C-M 呼吸困難 】

2008-02-09 01 今回の依頼品はPelikan M320のオレンジ軸。これが最初に発売された時、日本では予約分しか販売しない・・・というような情報が流れていた。しかし個人からの予約を意味したのではなく、販売店からメーカーへの予約という意味だったようじゃ。現在でも比較的たやすく手に入ることから考えれば、販売店が【これは当たる!】と考えて大量予約をかけたのかもしれない。

 依頼者からの症状分析によれば、一言・・・【呼吸困難】とのこと。

 その昔、長原先生に【呼吸困難】を直してもらった事がある。先生がペンクリを始めたばかりのころで、拙者も調整で失敗してばかりいたころ。先生は【おお、こりゃ呼吸困難じゃ。喉が詰まっとる】と言って、ペン先を外し、力一杯ペン先をもみほぐし、何も研がないで首軸に差し込んだ。

 【あんたは、研ぎはええ腕しとる。しゃぁけど研ぎだけじゃ問題は解決せんのよ。ほれ書いてみんさい】と言ってペンを差し出した。この間2分ほど。

 書いてみると200文字ほどでインクが切れていたDuofoldMedium Italic付きが見事に直った! その時は、そばに川口先生もいて、インクフロー理論を説明してくれた。またParker 75のキャップの嵌合が甘いのを直してくれた。

 2人の先生が競演していた【究極のペンクリ】を経験出来たのはラッキーじゃった。

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さて生贄の状況だが・・・形状は【メタボ型ニブ】。初期のウェストが締まったタイプと比べると剛性がやや高いように思う。

 ペンポイント先端に隙間があるのに、そこまでインクが到達しないような形状をしている。これはペンポイントが段違い、かつ背開きになっており、ペンポイントの下側が衝突しているからだと考えられる。書き味はガリガリで、インクも出にくいという最悪の状況になっているはず。

2008-02-09 04 横顔を見ると、スリットのむこう側が多少上に出ていることがわかる。ペン先を上から見た場合は、スリットの左側が右側より上にズレているのじゃ。

 横からの画像でこれほどはっきりとズレがわかるケースはほとんど無い。ものすごく美しい形状ペン芯ペンポイントなのに、ズレはもったいない!

2008-02-09 05 M300系のソケットはM400、M600、M800とは異なり、M1000と同じ形状をしている。おそらくは天冠の刻印を印刷もどきに変えたのと同じプロダクトデザイナーが担当したと思われるが、このソケットは格段に良い!何が良いかと言えば・・・見映えが良い!

2008-02-09 06 上が今回のペン先ユニット、下が同じ依頼者から持ち込まれた、1月26日のBlogで紹介したM320 緑軸のペン先ユニット。

 上の方はスリットの部分が谷のように窪んでいる。これは背開きを直そうとして、左右のエラを外側に反らせた痕跡。それでもまったく改善されていないので、相当の重傷! ただしM320のペン先は素材が柔いのですぐ直せる。


2008-02-09 07 まずは現状の調査。拡大図を見ると予想どおり、前から見て右側が上に上がり、ペンポイントの下側が衝突している。これが出荷段階でそうなったのか、背開きを解消しようとした時にズレたのか、前回首軸をねじ込む時に回しすぎたのか、はたまた筆圧でズレたのか・・・出荷時からズレていたのかは不明。ただ、ここまでズレたものが出荷検査で検出されないわけはないので、おそらくは出荷後のズレと思われる。なんとなく毒入餃子の混入経路推定に似ているな・・・

2008-02-09 08 こちらがソケットから取り外したペン先。この状態でもペンポイントの状況は変わらない。すなわちペン芯に問題があるのではなく、ペン先に問題があることがわかった!特にスリットのところが窪んでいるのが美しくない。

 ペン芯とペン先を分解しない、お手軽ペンクリ調整では、このような状況になりやすい。完璧を期すなら、自分できっちりとペン先形状調整する必要がある。研ぎはお願いするにしても、ペン先形状調整は自分でやるべきじゃ。そしてペン先形状調整は正しい状態がわかれば、後は淡々と作業するのみ。相当不器用な人でも3日もあれば満足な設定を体得できると思われる。

2008-02-09 09 こちらがペン先形状調整が終了したニブ。スリットは真っ直ぐにとおり、スリット窪みも解消されているのがわかろう。

 実は【メタボ型ニブ】の形状も多少改善している。ツボ押し棒でペン先を開くと同時に、ソケットの直前に位置する部分を指でつまんで曲線を直線に近づけた。これで多少シルエットが美しくなったはずじゃ。

2008-02-09 10 スリットは先端に行くほど狭くなっている。これも素早くインクがペンポイントに供給される為の王道。

 ペンポイント先端部のエッジは多少まるめてある。依頼者の将来の書き癖の変化を吸収するというよりも、既に万年筆に興味津々の娘さんの手に渡る可能性を考慮して、多少の揺らぎに耐えられるように調整しておいたのじゃ。


【 今回執筆時間:6.0時間 】 画像準備2.0h 調整2.5h 執筆1.5h
画像準備
とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
               向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間 
 
 


【これまでの調整記事】

2008-02-06 Montblanc No.144G 14C-M ペンポイント凸凹
2008-02-04 Pelikan 140 14C-M ペン先交換 → BB 
2008-02-02 Montblanc No.149 合体して開高健 
2008-01-30 Sheaffer 1000 黒縞 吸入機構完全取替 
2008-01-28 Montblanc 50年代 No.144 14C-F どん底
2008-01-26 Pelikan M320 緑 14C-M 背開き 
2008-01-23 Montblanc No.242 なんとか一人前に・・・ 
2008-01-21 Montblanc モーツァルト生誕250周年 時々切れる・・・
2008-01-19 Montblanc No.146 14K-BB 不思議とひっかかる 
2008-01-16 Montblanc チャールズ・ディケンズ 18K-M の呼吸困難
2008-01-14 Montblanc No.342緑 14C-B改造がひっかかる 
2008-01-12 Sheaffer Crest 14K-F 赤インクが接着剤    
2008-01-09 Omas Gentleman 14K-F キャップが・・・
2008-01-07 Shesffer Snorke 14K-F 吸入機構動かず 
2008-01-05 Montblanc No.149 14C-B 書き味に品がない! 
2008-01-02 丸善 ATHENA 萬年筆 14K-F 復活!
2007-12-31 Montblanc No.1464 18K-M ペン先から落下!

2007-12-29 Montblanc No.342 14C-M ペン芯を太らせる 
2007-12-26 Pelikan 500NN 暗緑縞 14C-EF ペン先グラグラ!
2007-12-24 Montblanc Monte Rosa 14C-M ペン芯めくれ!   
2007-12-22 Montblanc '50年代 No.144G 14K-M ボロボロ 
2007-12-19   Montblanc No.146 14K-F 細字スタブに・・・ 
2007-12-15   Nagasawa 125周年記念 14K-MF カリカリ直して!  
2007-12-12   Montblanc '80年代 No.146 14K-F ペン先ズレ
2007-12-10   Sheaffer Imperial Silver 14K-F ペン先曲がり
2007-12-05   Montblanc '70年代 No.149 14C-M がさつな書き味
2007-12-03   Montblanc L139G 14C-KM 健康診断
2007-12-01   Montblanc '50年代 No.146 14C-M 死地からの復帰
2007-11-28   Montblanc No.142 14C-F 相対評価の果てに・・・
2007-11-26   Montblanc No.147 14K-OM 羊の皮をかぶった山羊
2007-11-24   WAGNER 2007 18C-B 王子からの依頼
2007-11-21   Montblanc No.254 14C-EF ペン先曲がりと・・・
2007-11-19   Parker 75 14K-63 女王様の憂鬱
2007-11-17   Montblanc No.146 14C-OBB 筆記角度30度の世界
2007-11-14   Aurora エウロパ 18K-F 持久力向上 
2007-11-12   Montblanc No.342 G 14C-KF インクが出ない! 
2007-11-10   Pelikan 400NN 緑縞 14C-OM カモノハシ化 
2007-11-07   Stipula ピノキオ 赤軸 18K-M インク切れ解消
2007-11-05   Montblanc No.146 18C-F 書き味品位向上
2007-10-31   Waterman セレニテ 18C-M ペン先曲がり
   
2007-10-29   Pelikan 400NN 緑縞 14C-M ピストン/フロー改善
2007-10-24   Stipula ピノキオ 青軸 14K-M 字幅改善
2007-10-22   Montblanc No.252 14C-F フロー改善
2007-10-20   Montblanc 50年代 No.146 14C-KF ヌラヌラ化
2007-10-17   Osmia 64 → Matador Click ペン先移植
2007-10-15   Matador 996 ピストン修理に松脂利用実験
2007-10-13   Montblanc No.34 14C-M グレー軸   
2007-10-10   Pelikan 140 赤軸 & Gel Medium 
2007-10-08   Montblanc モンテローザ ピストン交換 
2007-10-06   Parker バキューマティック ペン先曲がり 
2007-10-03   Montblanc No.1466 14K-M いぶし銀
2007-10-01   Parker 75 赤ラッカー軸 14C-XF→F 交換 



Posted by pelikan_1931 at 11:00│Comments(5) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 万年筆 
この記事へのコメント
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Pelikan_1931様

すんません導入費用だけでもう倒れそうです(笑)
せめてセーラーのズームかパイロットのコース辺りで一つよしなに〜。

Posted by 榊 主水 at 2008年02月13日 01:28
榊 主水 しゃん

それでは、お絵かき用の調整をしますかな・・・
M800の3Bあたりで・・・
Posted by pelikan_1931 at 2008年02月12日 22:16
5
えー、ここまでひどい状況だったとは・・・○| ̄|_

ここで解説を見れば見るほど徐々に海外万年筆は怖くなってきております。
よほどちゃんと見立てられる人がいるならともかく、そうでない売り場が増えている現状では、国産の万年筆にもっと注目した方が良いのかなという考えが頭をよぎります。

なお、このペン、帰宅後子供に取り上げられ危うくお絵描き道具になるところでございました。

ペリカーノとすり替えて難を逃れましたが、既に娘は「万年筆の方が鉛筆よりも力をいれずに書けるので超楽であります」と、”手軽に綺麗な線が出せるお絵描き用具”と言う認識を持ったようでした。

鉛筆みたいに消して書きなおせる万年筆があれば良いとか言うので、いっそどこかのメーカーでそんなブラボーなものが出ればいいと思う次第です。
Posted by 榊 主水 at 2008年02月11日 23:17
めだかしゃん

単純な道具ほど奥が深い物じゃな・・・

28年前、会社のルービックキューブ同好会(拙者が代表世話人)がTBSで取材されたとき、1年先輩がインタビューを受け、ルービックキューブの魅力について問われ、【仕組みが単純にもかかわらず、解法が無限にあること】と答えていたが、名言だと感じた。

道具も同じじゃな。【プロゴルファー猿】の自分で削った木のドライバーみたいじゃが・・
Posted by pelikan_1931 at 2008年02月11日 11:41
今回の病状は、ペリカンではよく見られる症状ですね。
それだけに興味津々で読ませていただきました。ありがとうございます。
ツボ押し棒、効果絶大ですね。
Posted by めだか at 2008年02月10日 08:44