今回の依頼品は調整ではない。所有者は【しんのじ】しゃん。拙者、らすとるむしゃんに続く、三人目の萬年筆研究会【WAGNER】認定調整師。
WAGNER入会以前、【ダメ出しの女王】の萬年筆を調整し【良くってよ、ご苦労さま】とお褒めをいただいた事があるという輝かしいキャリアの持ち主。拙者のBlogは隅々まで読み、それに独自の改良を加えた調整方法を体得している。
これこそが、拙者が待ち望んでいた事。そして既に認定取得に向けて準備中の人も何人かいる。それぞれが得意分野を持ち、萬年筆研究会【WAGNER】認定調整師軍団全体としてかかれば、プロの調整師に負けない生産性を発揮できるようになりたいものじゃ。
今回の依頼内容は【再鍍金】。Montblanc No.149の中白ニブだったのが、プラチナ鍍金が剥がれて、金一色に近くなってしまったらしい。
なで肩クリップ、ラッパ型首軸先端、14Kニブ・・・No.149の歴史上、最もヘビーライター向けのモデル!
同じNo.149であっても、個体によって調整方法は変わる。それぞれの特長を生かした調整にすることが必要。個性を殺して、同じような書き味にしてしまうのは冒涜じゃ。
拙者は利用者中心主義ではない。利用者の好みと、萬年筆の(特徴ではなく)特長を調和させる事を【調整】と勝手に定義している。
しんのじしゃんが自分用に調整したペン先先端の拡大画像。絶妙にペンポイントが腹開きになっているのがわかるかな?
ペン先のエラを上側に反らす事によって腹開きを実現しようとすると、ペン先を前から見ると、ガルウィングのようになってしまう。ガルウィングにならないで、ペンポイントを腹開きにするには、ペン先を首軸ユニットから外して調整するのがベスト。
ペン芯が首軸に入っている位置もベストポジション。ペン芯のフィンが切れたところが首軸から少しだけ見える位置が一番美しい。ペン芯とペン先も位置関係は、拙者と少し趣味が違う。拙者はもう少し、ペン先が前にある位置が好きじゃ。鍍金はペン先を外して行うので、アセンブルする際に、こっそり拙者の好みの位置に直してみよう。書き味にはまったく変化が無いはず
・・・こういうイタズラが出来るのは・・・【生贄】だから!
これがペンポイントの拡大図。おもわずニヤリとしてしまった。しんのじしゃんは、縦方向の筆記角度が一定で字を書くようじゃ。横書きの方が多いのかな?
筆記角度が一定の場合は、先端のエッジは落とさない方が書き味が良い。エッジを丸めることによって接紙面積が狭くなり、単位面積当たりの重量が大きくなることによって、紙に食い込む感じが強くなる。
ただし、筆記角度を変化させながら書く人用の調整でエッジを残すと、悲惨なことになる。少し角度が変わるだけでガリガリと紙をひっかいてしまう。そこでそういう人用の調整ではエッジを丸める。
ダメ出しの女王様のように、手首が柔らかい方の場合は、どこにエッジがあっても全てダメが出る。そこで鍛えられているので、しんのじしゃんは硬軟使い分ける事が出来るようじゃ。自分用はエッジを残して書きごこちを優先し、女王様用は無エッジ調整を施す・・・
調整師のタイプとしては、市販車レース型と、パリダカ型がある。
市販車の破綻のない美しさを維持しつつ、極限まで性能を出すタイプ(性能を引き出せるだけのテクニックを利用者に求める)。徹底的に利用者の要望に応えるべく装備を強化させるタイプ(燃費無視・・・)。そして両者の間に無数のバリエーションがある。
らすとるむしゃんはパリダカ型の極にいる。キングイーグルなどもこのカテゴリー。拙者は市販車型とパリダカ型の中間付近にいて、すこしずつ市販車レース型に移行しようとしている。しんのじしゃんはどのあたりにいくのか、今から楽しみじゃ。3年ぐらいすると方向性が固まるじゃろう。
拙者の目指す姿は【手術をしない外科医】、【ガンを治す気功師】。ペンポイントを研がないで依頼者を良い気持ちにさせる調整師、口で気持ちよくさせる調整師、口で逝かせる調整師・・・それもありかな・・・良い萬年筆を後世に伝えるためには・・・
さて本題。鍍金前のペン先は徹底的に金磨き布で研磨し、表面を鏡面にする必要がある。鍍金は滑らかな面にしかかからない。梨地やマット状の金属には鍍金出来ないのじゃ。
磨きが終わったら、鍍金機を使って脱脂する。この脱脂に一番有効なのは青酸カリらしい。さすがにそれは手に入らないので、ペンタイプの脱脂液を使う。
本来はプラチナを鍍金するのだが、拙者が持っている鍍金機にはプラチナ鍍金液のオプションが無い。ロジウムを金にそのまま鍍金すると黒っぽくなるので、ベースにニッケルを鍍金してからロジウムを鍍金する。こうするとプラチナに負けないほどの輝きを得ることが出来る。これ貴重なノウハウでっせ!
これが鍍金が終わった直後の状態。周囲に緑色した気色悪いものがこびりついているが、これが鍍金マスク液。これがあれば綺麗なマスキングが出来る。これまで瞬間接着剤やセロテープ、マスキングテープなを使ってみたが、鍍金液がつくとすぐに剥がれてしまう。やはりこの鍍金マスク液が最強じゃな!
鍍金マスク液は塗って数時間経過すれば、ゴム状になる。スパイ大作戦の変装の名人が変装を剥がすときのように、ピリピリと一挙に剥がすことが出来る。実に気持ちいい。
けっこうおもしろいので、いろんな物に塗っては型どりして楽しんでいる。
こちらが出来上がり。よほど意識して見ないとプラチナかロジウムかは分からないはずじゃ。
元々のNo.149のプラチナ鍍金は、模様とかなりズレて鍍金されている場合が多い。この鍍金はペン先にシールのような物を貼り、電流を通して鍍金するようなタイプらしい。従って貼りの段階のズレが最後まで影響してしまう。
鍍金マスク液は筆で塗るので、手先さえ多少器用ならメーカーよりもズレの少ない鍍金が可能じゃ。拙者の使っている鍍金セットはプロメックス。ぜひお試しあれ。拙者は10年以上前から使っている。一度買い換えたかな。
【 今回執筆時間:6.0時間 】 画像準備1.5h 鍍金2.0h 執筆2.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間