2008年02月23日

土曜日の調整報告 【 '80年代後半 Montblanc 14K-M 再鍍金 】

2008-02-23 01 今回の依頼品は調整ではない。所有者は【しんのじ】しゃん。拙者らすとるむしゃんに続く、三人目の萬年筆研究会【WAGNER】認定調整師

 WAGNER入会以前、【ダメ出しの女王】の萬年筆を調整し【良くってよ、ご苦労さま】とお褒めをいただいた事があるという輝かしいキャリアの持ち主。拙者のBlogは隅々まで読み、それに独自の改良を加えた調整方法を体得している。

 これこそが、拙者が待ち望んでいた事。そして既に認定取得に向けて準備中の人も何人かいる。それぞれが得意分野を持ち、萬年筆研究会【WAGNER】認定調整師軍団全体としてかかれば、プロの調整師に負けない生産性を発揮できるようになりたいものじゃ。

2008-02-23 02 今回の依頼内容は【再鍍金】。Montblanc No.149中白ニブだったのが、プラチナ鍍金が剥がれて、金一色に近くなってしまったらしい。

  なで肩クリップ、ラッパ型首軸先端、14Kニブ・・・No.149の歴史上、最もヘビーライター向けのモデル!

 同じNo.149であっても、個体によって調整方法は変わる。それぞれの特長を生かした調整にすることが必要。個性を殺して、同じような書き味にしてしまうのは冒涜じゃ。

 拙者は利用者中心主義ではない。利用者好みと、萬年筆の(特徴ではなく)特長調和させる事を【調整】と勝手に定義している。

2008-02-23 03 しんのじしゃんが自分用に調整したペン先先端の拡大画像。絶妙にペンポイントが腹開きになっているのがわかるかな?

 ペン先のエラを上側に反らす事によって腹開きを実現しようとすると、ペン先を前から見ると、ガルウィングのようになってしまう。ガルウィングにならないで、ペンポイントを腹開きにするには、ペン先を首軸ユニットから外して調整するのがベスト。

2008-02-23 04 ペン芯が首軸に入っている位置もベストポジション。ペン芯のフィンが切れたところが首軸から少しだけ見える位置が一番美しい。ペン芯とペン先も位置関係は、拙者と少し趣味が違う。拙者はもう少し、ペン先が前にある位置が好きじゃ。鍍金はペン先を外して行うので、アセンブルする際に、こっそり拙者の好みの位置に直してみよう。書き味にはまったく変化が無いはず
・・・こういうイタズラが出来るのは・・・【生贄】だから!

2008-02-23 05 これがペンポイントの拡大図。おもわずニヤリとしてしまった。しんのじしゃんは、縦方向の筆記角度が一定で字を書くようじゃ。横書きの方が多いのかな?

 筆記角度が一定の場合は、先端のエッジは落とさない方が書き味が良い。エッジを丸めることによって接紙面積が狭くなり、単位面積当たりの重量が大きくなることによって、紙に食い込む感じが強くなる。

 ただし、筆記角度を変化させながら書く人用の調整でエッジを残すと、悲惨なことになる。少し角度が変わるだけでガリガリと紙をひっかいてしまう。そこでそういう人用の調整ではエッジを丸める。

 ダメ出しの女王様のように、手首が柔らかい方の場合は、どこにエッジがあっても全てダメ
が出る。そこで鍛えられているので、しんのじしゃんは硬軟使い分ける事が出来るようじゃ。自分用はエッジを残して書きごこちを優先し、女王様用は無エッジ調整を施す・・・

 調整師のタイプとしては、市販車レース型と、パリダカ型がある。

 市販車の破綻のない美しさを維持しつつ、極限まで性能を出すタイプ(性能を引き出せるだけのテクニックを利用者に求める)。徹底的に利用者の要望に応えるべく装備を強化させるタイプ(燃費無視・・・)。そして両者の間に無数のバリエーションがある。

 らすとるむしゃんはパリダカ型の極にいる。キングイーグルなどもこのカテゴリー。拙者は市販車型とパリダカ型の中間付近にいて、すこしずつ市販車レース型に移行しようとしている。しんのじしゃんはどのあたりにいくのか、今から楽しみじゃ。3年ぐらいすると方向性が固まるじゃろう。

 拙者の目指す姿は【手術をしない外科医】、【ガンを治す気功師】。ペンポイントを研がないで依頼者を良い気持ちにさせる調整師、口で気持ちよくさせる調整師、口で逝かせる調整師・・・それもありかな・・・良い萬年筆を後世に伝えるためには・・・


2008-02-23 06 さて本題。鍍金前のペン先は徹底的に金磨き布で研磨し、表面を鏡面にする必要がある。鍍金は滑らかな面にしかかからない。梨地やマット状の金属には鍍金出来ないのじゃ。

 磨きが終わったら、鍍金機を使って脱脂する。この脱脂に一番有効なのは青酸カリらしい。さすがにそれは手に入らないので、ペンタイプの脱脂液を使う。

 本来はプラチナを鍍金するのだが、拙者が持っている鍍金機にはプラチナ鍍金液のオプションが無い。ロジウムを金にそのまま鍍金すると黒っぽくなるので、ベースにニッケルを鍍金してからロジウムを鍍金する。こうするとプラチナに負けないほどの輝きを得ることが出来る。これ貴重なノウハウでっせ!

2008-02-23 07 これが鍍金が終わった直後の状態。周囲に緑色した気色悪いものがこびりついているが、これが鍍金マスク液。これがあれば綺麗なマスキングが出来る。これまで瞬間接着剤やセロテープ、マスキングテープなを使ってみたが、鍍金液がつくとすぐに剥がれてしまう。やはりこの鍍金マスク液が最強じゃな!

2008-02-23 08 鍍金マスク液は塗って数時間経過すれば、ゴム状になる。スパイ大作戦の変装の名人が変装を剥がすときのように、ピリピリと一挙に剥がすことが出来る。実に気持ちいい。

 けっこうおもしろいので、いろんな物に塗っては型どりして楽しんでいる。

2008-02-23 09 こちらが出来上がり。よほど意識して見ないとプラチナかロジウムかは分からないはずじゃ。

  元々のNo.149のプラチナ鍍金は、模様とかなりズレて鍍金されている場合が多い。この鍍金はペン先にシールのような物を貼り、電流を通して鍍金するようなタイプらしい。従って貼りの段階のズレが最後まで影響してしまう。

 鍍金マスク液は筆で塗るので、手先さえ多少器用ならメーカーよりもズレの少ない鍍金が可能じゃ。拙者の使っている鍍金セットはプロメックス。ぜひお試しあれ。拙者は10年以上前から使っている。一度買い換えたかな。


【 今回執筆時間:6.0時間 】 画像準備1.5h 鍍金2.0h 執筆2.5h
画像準備
とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
               向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間 
 


【これまでの調整記事】

2008-02-20 Pelikan 100N 14C-KF あやしいペンポイント 
2008-02-18 プラチナ Sterling Silver 地獄からの復活 
2008-02-16 Montblanc N0.142 14C-O はたして直るか?  
2008-02-13 Pelilam M250 バーガンディー 切り割りからドクドク  
2008-02-11 Montblanc No.149 14C-M 掠れる・・・実は大変 
2008-02-09 Pelikan M320 オレンジ 14C-M 呼吸困難 
2008-02-06 Montblanc No.144G 14C-M ペンポイント凸凹
2008-02-04 Pelikan 140 14C-M ペン先交換 → BB 
2008-02-02 Montblanc No.149 合体して開高健 
2008-01-30 Sheaffer 1000 黒縞 吸入機構完全取替 
2008-01-28 Montblanc 50年代 No.144 14C-F どん底
2008-01-26 Pelikan M320 緑 14C-M 背開き 
2008-01-23 Montblanc No.242 なんとか一人前に・・・ 
2008-01-21 Montblanc モーツァルト生誕250周年 時々切れる・・・
2008-01-19 Montblanc No.146 14K-BB 不思議とひっかかる 
2008-01-16 Montblanc チャールズ・ディケンズ 18K-M の呼吸困難
2008-01-14 Montblanc No.342緑 14C-B改造がひっかかる 
2008-01-12 Sheaffer Crest 14K-F 赤インクが接着剤    
2008-01-09 Omas Gentleman 14K-F キャップが・・・
2008-01-07 Shesffer Snorke 14K-F 吸入機構動かず 
2008-01-05 Montblanc No.149 14C-B 書き味に品がない! 
2008-01-02 丸善 ATHENA 萬年筆 14K-F 復活!
2007-12-31 Montblanc No.1464 18K-M ペン先から落下!

2007-12-29 Montblanc No.342 14C-M ペン芯を太らせる 
2007-12-26 Pelikan 500NN 暗緑縞 14C-EF ペン先グラグラ!
2007-12-24 Montblanc Monte Rosa 14C-M ペン芯めくれ!   
2007-12-22 Montblanc '50年代 No.144G 14K-M ボロボロ 
2007-12-19   Montblanc No.146 14K-F 細字スタブに・・・ 
2007-12-15   Nagasawa 125周年記念 14K-MF カリカリ直して!  
2007-12-12   Montblanc '80年代 No.146 14K-F ペン先ズレ
2007-12-10   Sheaffer Imperial Silver 14K-F ペン先曲がり
2007-12-05   Montblanc '70年代 No.149 14C-M がさつな書き味
2007-12-03   Montblanc L139G 14C-KM 健康診断
2007-12-01   Montblanc '50年代 No.146 14C-M 死地からの復帰
2007-11-28   Montblanc No.142 14C-F 相対評価の果てに・・・
2007-11-26   Montblanc No.147 14K-OM 羊の皮をかぶった山羊
2007-11-24   WAGNER 2007 18C-B 王子からの依頼
2007-11-21   Montblanc No.254 14C-EF ペン先曲がりと・・・
2007-11-19   Parker 75 14K-63 女王様の憂鬱
2007-11-17   Montblanc No.146 14C-OBB 筆記角度30度の世界
2007-11-14   Aurora エウロパ 18K-F 持久力向上 
2007-11-12   Montblanc No.342 G 14C-KF インクが出ない! 
2007-11-10   Pelikan 400NN 緑縞 14C-OM カモノハシ化 
2007-11-07   Stipula ピノキオ 赤軸 18K-M インク切れ解消
2007-11-05   Montblanc No.146 18C-F 書き味品位向上
2007-10-31   Waterman セレニテ 18C-M ペン先曲がり
   
2007-10-29   Pelikan 400NN 緑縞 14C-M ピストン/フロー改善
2007-10-24   Stipula ピノキオ 青軸 14K-M 字幅改善
2007-10-22   Montblanc No.252 14C-F フロー改善
2007-10-20   Montblanc 50年代 No.146 14C-KF ヌラヌラ化
2007-10-17   Osmia 64 → Matador Click ペン先移植
2007-10-15   Matador 996 ピストン修理に松脂利用実験
2007-10-13   Montblanc No.34 14C-M グレー軸   
2007-10-10   Pelikan 140 赤軸 & Gel Medium 
2007-10-08   Montblanc モンテローザ ピストン交換 
2007-10-06   Parker バキューマティック ペン先曲がり 
2007-10-03   Montblanc No.1466 14K-M いぶし銀
2007-10-01   Parker 75 赤ラッカー軸 14C-XF→F 交換 

Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(4) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 万年筆 
この記事へのコメント
しんのじ しゃん

お主の腕前を知っているからこそ想像できるのでな。

普通ならエッジをまるめるはす。それをしていないのは何か意図があるはず。その意図とは・・・と考えたのじゃ。
Posted by pelikan_1931 at 2008年02月24日 21:38
きくぞうさん

>早いドライバーは、セッティングを出すのも上手いとか。

そうじゃないひとの代表がジャン・アレジですね。憧れのフェラーリに移籍し、新車をはじめてドライブ。降りてメカに「超サイコー」「イイネコレ」と大絶賛。しかしそれが落とし穴で、開幕するとフェラーリはとても遅く、プロストですら優勝できず赤いトラック呼ばわり。原因はアレジがどんな車でも乗りこなしてしまうこと。車のネガを洗い出せなかった(というか感じない)んですね。で、開発がまったく進まなかったと。万年筆の書き手も、「どうしてこういう書き味なのか」を理解し、「どうしたいのか」をうまくフィードバックできないといけないんですね。調整師をインスパイアすることのできるような。
Posted by mochiduki at 2008年02月23日 22:15
しんのじさん
ご無沙汰しております。

使い方に応じ研ぎ方に意図があるのですね。
研ぎをお願いするときに、使い方の意図、書き味など、
きちんと性格に表現できるように早くなりたいと考えています。

レース用の車の足回りをきちんとセッティングするのは、メカニックのお仕事ですが、今どのような動きをして、どうして欲しいのかを表現するのはドライバーの仕事です。早いドライバーは、セッティングを出すのも上手いとか。

研ぎ師の集団に負けないよう、書き師を育てることも必要なのではないでしょうか。
Posted by きくぞう at 2008年02月23日 17:34
この度は有り難うございました。
お手数をおかけ致しました。綺麗に生まれ変わったこの子、大切にします。

確かにこの子のエッジは殆ど手をつけておりません。
一番最初に見て頂いた、「開高健モデルタイプペン先」を持つ14Cとは真逆の調整方法をとったものです。
手持ちの149の中でも書き味は一番硬いのですが、エッジを落としていない分、他の子と比べると特に縦方向の線を引く時にちょっとだけ「ヌラッ」とします。
仰る通り、紙にあたるイリジウムの面積を稼ぐためにそのようにいたしましたが・・・
ペン先の研ぎ方を見ただけで調整師が何を意図しているのかまで見抜くとはさすがです^^;
Posted by しんのじ at 2008年02月23日 10:59