今回の依頼内容は【師匠のお好きなように】というものじゃ。これは【生贄】とは若干趣が異なる。【生贄】はどうにもこまった君に対して一部の望みを託して預けられるものだが、【師匠のお好きなように】というのは自分の想像を超えた書き味を実現せよ!という意味。
簡単に症状を聞くと、【しばらく放置するとインクが切れる】というもの。太字であれば極めて自然でよく起こること。普通の人なら我慢して使うところだ。
しかし、贅沢な調整になれた依頼者にとっては、【もう少しなんとか・・・】と言う気持ちがあったのじゃな。
ペン先部分を拡大してみても首軸へ突っ込む位置にはまったく問題はない。ただしペン先のスリットは詰まりすぎている。依頼者は書き出しの筆圧が低いので、これではインクが紙に付かないケースが発生しても不思議はない。もう少しスリットは開いておこう。
それにしても状態の良い【BB】じゃな。萬年筆愛好家には極太好きが多い。またMontblanc好きも多い。従って【BB】付きのNo.254が市場に出てくる確率は極めて低い。良くみつけたものじゃ。
こちらは横顔。ペンポイントはまったく摩耗していない。ほぼ新品に近い状態!この時代の物としては非常に珍しい。死蔵されていたか、コレクターからの放出と思われる。
画像からではよくわからないが、ペン芯先端とペン先とはピッタリと密着しているが、すぐ後ろは離れている。すなわち、ペン芯先端だけ帳尻があっているが、ソコに至るまでのインク通り道に大きな空間があり、たまにそこでインクが切れてしまう状況が発生していたと思われる。これはペン芯を曲げて密着度を上げて改善するとしよう。どうやら海外のプロかコレクターが自身で調整を施した上で保存していたものだろう。
ソケットから外したペン先の画像。エボ焼けがほとんど無い!これは清掃されたペン先ということを意味する。とすればプロを経由して市場に流れた物と考えられる。
ペン先のスリットは敢えて密着させたのかも知れないな。カリグラフィーをやるのであれば、横線は細い方が良いのでインクフローを絞ったか・・・
いすれにせよ依頼者はドバドバのインクフローでないと満足できない体になってしまったので、スリットを大きく拡げた。
それにしてもホンの少し金磨き布でスリスリすればここまで綺麗になる。たまには分解して掃除してあげることによって男前が上がるので磨いてあげて下され。
これが首軸へペン先をセットする位置とペン先のスリットを拡げる目処じゃ。あくまでも拙者の好みだが、ほとんどの太字好きはこの調整で満足する。
太字好きにはペンを寝かせて書く人が多い。となると筆圧も低く、字は大きいのが好き。それであればインクフローが多くないと書き出しが辛い。
筆圧が強い人は萬年筆仲間では迫害されるが、現行萬年筆は強筆圧を前提に作られている。従って筆圧の強い人の方が萬年筆を使った時の感激が大きいはずじゃ。柔らかいペン先ほど、強筆圧の人にはおもしろい。字巾の変化を大いに楽しめる。うらやましい・・・・ 拙者など柔らかいペン先でも、硬いペン先でも同じような字巾しか表現できないからな・・・
最後の仕上げはペン芯とペン先の結婚と、スイートスポットの削り込み。
ペン芯の変形はお湯につけてエボナイトを柔らかくしてから指で曲げればよい。前期の薄いペン芯はこの調整が楽なので助かる。後期もなんとか曲げられないことはない。最悪なのはPelikanの縦溝のペン芯。あれはカスタマイズを前提にして設計はされていない・・・曲がらないので削るしかない。
このあたり企業姿勢に差があっておもしろい。曲がらないように作るPelikanと変形した場合に修正しやすいように作ったMontblanc。おそらくMontblancは世界各地に調整出来る人を配置した上での処置であったのだろう。MontblancがPelikanよりも市場を拡げたとすれば、それはこのあたりのサポート体制の差が影響していたと思われる。
翻って今はどうかな?サポート体制はあるが、修理部品は全て本国に引き揚げた(という噂の)Montblanc・・・
WAGNERでは全力を挙げてVintage Montblancを修理していく。見捨てられた彼らを救うために、そしていつかMontblancが萬年筆に回帰してくれる日を願って・・・
その為に必要なのは部品じゃ。壊れた(あるいは壊した)MontblancがあったらWAGNERに寄付下され。いつかは誰かのVintage Montblancの部品として復活するじゃろう!
【 今回執筆時間:5.5時間 】 画像準備2.0h 調整2.0h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間