2009年01月15日

解説【インキと科學】 その15 

 第15章には衝撃的な表現があり非常に驚いた。それは・・・

 【改竄を防がねばならぬ証券類とかその他永年保存せねばならぬ書類とかには必ずパイロットブラックの如きカーボン・インキを使うべきでありまして、決してブルーブラック・インキとか、その他の各種色インキの如きを使ってはならぬ訳の物です。薬の配合で作ったインキは何らかの薬をもってすれば必ず消すことが出来ると判断して間違いありません】

 と書いてあったからじゃ。今までブルーブラック・インキは二ヶ月もすれば耐水性、耐光性が上がり、永久保存に耐える物と考えていたが、それはあくまでも自然保存の場合であって、薬品を使えば字を消す事が可能ということなのか・・・

 渡部氏によれば・・・

 【まずインキ液の一部をとりわけしまして、その中に塩酸を加えて強酸性にしてみます。こうした時インキ液の青色が少しも変化しなかったら、次に臭素水かまたは漂白粉を加えてみます。その時インキ液が褐色に変わってきたら、それは用いてある染料がインディゴであるからです。】

 【もしまた、染料としてプルシャン・ブルーが使ってあるインキなら、水酸化ソジウムを加えてみますと、インキ液の青色が褐色に変わるもので、それによりだいたいの認定は出来ますが、さらに念のため、濾過したインキ液を塩酸で酸性にしておいて、それに塩化第二鉄を加えてみます。するとその時に濃青色の沈殿が出来たらなら、これは明らかにプルシャン・ブルーが使ってあると判断して間違いありません。】

 【カーボンを使ってある黒色インキであるなら、酸でも、アルカリでも、塩素でも、臭素でも、その他いかなる薬品を持ってしてもその黒色を破壊したり漂白したりする事は絶対に不可能であります。パイロットのブラック・インキは特殊な方法でカーボンを混入してありますから、書かれた文字はどんなに化学的な方法で処理してみてもビクともするものでありません。】という記述の後で、冒頭の文章になっている。

 ここまでの文章と、冒頭の文章との間に若干の論理展開の飛躍があるように思われる。ここまではインキの成分を分析する手法を述べているのだが、それが冒頭の文章で、いきなりブルー・ブラックは永年保存には適しない!といわれてもなぁ・・・という唐突感があった。

 また、パイロットのブラックインクにはカーボンが混入してある・・・そんな馬鹿な・・・と思っていたが、考えてみればパイロットには証券用インクというのがある。萬年筆に入れて使うと、すぐに固まってしまい大騒ぎになるが、証券用というだけに耐久性は極めて高い。

 実は拙者はこの証券用インクをオマスの萬年筆に入れて使っていた時代がある。プラチナ・カーボンインクに出会うずっと前。

 当時はペリカンのファウントインディアくらいしか真っ黒なインキが無かったが、意外と耐水性が弱かったので色々実験してみた結果、パイロットの証券用インクにたどり着いた。

 ところが数日使わないとすぐにペン芯を詰まらせてしまう・・・ということで、ペン芯構造が単純で清掃しやすいオマスの萬年筆に入れて愛用していた。詰まったらペン芯を抜いてスリットを掃除すれば良いと割り切って使っていた。

 それにしても、本当に、紙に書いて何年も経過したブルーブラック・インクの文字を薬品で消すことができるのかなぁ?少なくとも茶褐色の筆跡は残るような気がするのだが・・・



【過去の記事一覧】

解説【インキと科學】 その14     
解説【インキと科學】 その13           

解説【インキと科學】 その12   
解説【インキと科學】 その11      
解説【インキと科學】 その10−2    
解説【インキと科學】 その10−1    
解説【インキと科學】 その9   
解説【インキと科學】 その7−2     
解説【インキと科學】 その7−1 
解説【インキと科學】 その6−2 
解説【インキと科學】 その6−1  
解説【インキと科學】 その5  
解説【インキと科學】 その4   
解説【インキと科學】 その3−2 
解説【インキと科學】 その3−1  
解説【インキと科學】 その2−3    
解説【インキと科學】 その2−2  
解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1        



Posted by pelikan_1931 at 07:30│Comments(4) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 文献研究 
この記事へのコメント
monolith6しゃん

同じ時代のPelikanのカタログを見ると、砂字消しはありますが、プラスティック消しゴムは出ていないようです。

渡部氏は化学作用では変色しないということを言いたかったのでしょうな。
Posted by pelikan_1931 at 2009年01月16日 06:09
venezia 2007 しゃん

わかりやすい説明ありがとしゃん。
発色、脱色が化学作用と考えれば疑問は解けました。本質的にクレヨンを紙の繊維に付着させるのとは違うわけですな。
Posted by pelikan_1931 at 2009年01月16日 06:07
 渡部氏の言葉に水を差すようですが、カーボン・インクが仮に薬品に対して強力無比であるとしても、プラスティック・消しゴムを使ってゴシゴシやれば、消えてしまいます。

 私は試しにプラチナ・カーボン・インクで書いた文字にこれを試してみましたが、結構綺麗に消えました。従いまして、絶対に消えないインクなどは存在しない、というのが私の持論です。
Posted by monolith6 at 2009年01月15日 18:54
師匠、文字数が限られているので私の有機化学の知識で師匠の疑問に簡単にお応えするならば、例えばインディゴの場合、植物の藍から作られるインディゴは水に溶けないので染色の為に一旦還元作用、日本の伝統染色法では化学的には同じ意味の発酵を、近代西洋での染色では尿素による還元作用により水溶性のインディゴホワイトに変換し、それを繊維に浸透させ干しておくとまたインディゴホワイトが空気により酸化されインディゴに戻り染色が定着するという作業をしています。要はインディゴにせよ、プルシアンブルーにせよ酸化された構造により発色していることから、それぞれ適切な還元剤(インディゴの場合は尿素が有名)を作用されれば、水溶性の状態に戻すことができる(多くの場合は同時に発色が抜けて白くなる。)作用を使えば、筆記字についてもそのように変化させ脱色させることが出来るということと解釈します。色素のタイプにより最適還元剤があるので、まずは色素の化学的分析が最初のプロセスでそれを説明した文章なんではないでしょうか。
Posted by venezia 2007 at 2009年01月15日 17:55