2011年08月27日

故事ことわざ辞典 その62

2011-02-26 00拙者は四文字熟語や故事・ことわざが大好き!
そこに書かれている本来の意味を曲解すると爆笑ネタになる事も多い。

まずは、故事・ことわざを赤字、それの正しい意味を青字で示す。

それに対する拙者の曲解を下に黒字で書いておく。
これを真似て、青字の部分に関する【浅はかで愚かな解釈】をコメント欄に書いて下され。


1:巧詐は拙誠に如かず(こうさはせっせいにしかず);

  たとえ巧みでもまやかしのものは、下手でも誠意の込められているものにはかなわないということ。巧みに詐るものは、仮に拙くても誠のこもっているものには及ばないの意から。 

  → 巧コンは拙ピスに如かず
     たとえ巧みでもコンバーター式は、回転吸入式(ピストンフィラー)にはかなわない。

  → 巧ピスは拙トメに如かず
     たとえ精巧なピストンフィラーの萬年筆でも、インキ止め式萬年筆と比べれば魅力は少ない(by インキ止め研究会)

  → 巧詐も拙誠もオクでは目を向けず 
     写真がすばらしいのに肝心の所の写真がないものや、写真はいっぱいあるがボケていて細部がよく見えないブツはオークションでは避けた方が賢明ということ。


2:高山の巓には美木なし(こうざんのいただきにはびぼくなし);
  地位が高い人は人からねたまれることが多く、なかなかその名声を保つことが出来ないというたとえ。山頂の頂上に生えている木は厳しい風雨のために美しい姿を保てない意から。 

  → 高山の巓に美木集まる
     世界のコレクターの元には、いろんな情報が集まり、珍しい萬年筆が集まる。

  → 高山の頂にヘンなもん集まる
     ニ右衛門半(個人)の元には、いろんな情報が集まり、ヘンな萬年筆が集まる。

  → 高山の頂にヘンタイ集まる
     親方のまわりに良識あるヘンタイが集まる。

  → 高山の頂に半(はん)集まる
     ニ右衛門半(個人)にあこがれて、認定を受けてない人までが、●●半を名乗って集まってくる。


3:膠漆の交わり(こうしつのまじわり);
  きわめて親密で堅い交わりのたとえ。膠漆はにかわとうるし。それでがっちりと塗りかためたような交わりの意味。 

  → 膠漆の交わりであっても宅配便には気をつけろ(by しげお)
     旅人は【超高級革製品】と品名欄に書いて宅配便を送ってきたぞ!ほんま、ひどいやっちゃ!正座させられて怒られたわ!

  → 社長と膠漆の交わりであっても券売機ブローカーには気をつけよう!お札を入れるかどうかはわからない。ほかの券を入れる可能性もある。

  → 上記の教訓から、あるラーメン屋の朝会でみんなで唱和するようになったスローガンとは・・・

  → 【ありがとうございます。私の方で券をお出しします。何になさいますか?バカボン様!】



4:孔子も時に遭わず(こうしもときにあわず);
  才能のある人でも機会に恵まれなければ、その才能を発揮できずにおわることもあるというたとえ。孔子のようにりっぱな人でさえ、時勢に乗れず不遇に終わることもある意から。 

  → ペンパレードもニ右衛門半に遭わず
     3人集もニ右衛門半に遭わなければ普通の萬年筆愛好家のままであったかもしれない。

  → それがニ右衛門半に遭ってから才能が芽生えた?

  → foolsbookも時に合わず
     頭脳明晰、沈着冷静、眉目秀麗といわれるfoolsbookでも、緊張して寝坊することがあるほど、親方にしばかれるのは恐ろしいということ。

  → 師匠も眼に合わず
     得意になって話しながら調整している時、ルーペではなくインク瓶の蓋を目に当ててペン先を覗こうとしていることがよくある。ボケが進んだかも・・・


5:好事門を出でず、悪事千里を行く(こうじもんをいでず、あくじせんりをいく);
  好ましいことは往々にして世間に知られず、悪いことはすぐに遠方にまで広まってしまうこと。。 

  → 良筆門を出さず!
     珍しい蒔絵の萬年筆は、人に見せると話が大きくなってひろまり、譲れとか見せろとか言う人が増えるので、絶対に人に言うなということ。

  → これを、人に見せると、【目くそがつく】と呼ぶらしい。目くそがつくとろくなことがない。これぞ万物のコレクターの名言。

  → オークションやペントレでチョンボをすると、その噂はすぐにひろまってしまう。

  → 同様に、取り置きしてもらった萬年筆のお金を払わなかったような噂も、あっというまに広まってしまう。たぶん尾ひれもついて。
     口約束も契約のうち!
           


6:孔席暖まらず、墨突黔まず(こうせきあたたまらず、ぼくとつくろまず);
  道を説くために東奔西走、各地を飛び回ること。孔子と墨子は道を説くためにあちこちを駆け回っていてほとんど家にいなかったので、孔子の席は暖まることなく、墨子の家の煙突は煙で黒くすすけることはなかったということから。 

  → 2011年は、年間45日間萬年筆のイベントを主催/共催。地元東京が16日、地方が29日。もし道を説くためだったら疲れるだろうな。

  → でも自分が楽しむためなら気楽なものじゃ。釣りにいったりゴルフに行くようなもの。

  → ただ、墨の箱が増えない・・・という悩みも?


Posted by pelikan_1931 at 10:10│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 先人の教え