本日の依頼品はMontblanc No.25じゃ。拙者は入手したことはない。ペン先調整は1度か2度はやったことがあるかもしれない。
エボナイト製のボタンフィラー式。うっすらと曇った様子が、まるで茶色軸のように美しい。これを銅磨き布で何日間か磨けば、目が覚めるような漆黒の軸に変わるであろう。自分の物なら磨いてみたいな。不具合はインクが出ないということ。左画像を見て、ペン先のスリットが詰まっているせいだろうと考えたのだが、そうではなかった。いろんな複合要因でインクが出ないとわかったのだが、そこにいきつくまでに相当時間がかかった。
ペン先は恐ろしいほど柔らかい。昔なら舌なめずりしたような書き味なのだが、最近ではコリコリと硬い書き味が好きなので、【ああ、柔らかくて気持ち良いなぁ〜】とは思うが、これを使って字を書こうとは思わない。こういう柔らかいペン先は、下手な字をよけい下手に表現してくれるからな・・・
それと左画像から、ペン先がやや右に曲がって首軸にささっているのがわかる。これは不格好なので直しておこう・・・としたのだが、これもたいそう時間がかかった。
サックの状態を見ると、かなりの手練れが修理したと思われる。にも関わらずインクが出ないということは、外科系だけではなく、循環器系も直してあげなければならないということ。ペン先の横顔だが、ペン芯が多少前に出すぎて不細工。もう少しだけ後ろに突っ込んだ方が良い。またペン先の左右が波打っているのか、左右の段差がある。これも不格好なので研磨して直しておこう。
ここで一番重要な細工は、ペン芯のカーブとペン先のカーブを合わせたこと。すぐにインクが切れる原因の一つが、ペン芯先端部でしかペン先と接していないこと。どうやらペン先先端部だけを上に曲げてつじつまを合わせたらしい。これではインクが切れやすくなってしまう。
そこでペン先の状態を完璧にしてから、ペン芯と合わせて首軸に押し込む。その後、ペン芯をヒートガンであぶってくにゃくにゃにする。その状態でペン先とペン芯を指で挟んで密着させる。慣れないとほぼ100%やけどする。しかもペン芯側ではなく、ペン先側。金の熱伝導率は高いので、金側を炙ったらやけどは確実!炙るのはペン芯側だけ。それでも相当熱いが我慢するしかない。掴んだらすぐに水をかけて冷やす。でないと本当にやけどする。インクが出ない原因のその2は、正面段差もあること。しかもペン芯の上で左右がバランスしていない。
書き味や書き出しに対する影響以前に、このような不細工な状態は、絶対に避けるべき。美しくなければ萬年筆ではない!
このアンバランスを直すには、ペン芯を抜き出し、左右の正しい位置にセットして押し込めば良いのだが・・・今回は違った。ペン芯自体が捩れており、それも一緒に直さねばならなかった。それはペン芯を熱し、指で押さえてペン先に密着・・・させたときに同時に解決した。中を開けてみると、サックが太すぎる。こんなに太いサックでは、インク容量が多すぎてインクボタ落ちのリスクが高いので、多少細いサックを短めにカットしてセットしておこう。
それにしてもよく錆びたI-Barだ。残念ながら手元には同じ大きさのI-Barが無いので、これを磨いて(サビを落として)使うしかない。USAとは企画が違うのかな?
ボタンフィラーは首軸を押し込むタイプの方が安全なのだが、Montblancは首軸ネジ込み式。この場合サックがよれるリスクが高いので、なおのこと細いサックの方がいい。インクが出なかった大きな原因は、ペン芯。右の拡大図を見ればわかるようにインク溝がインク滓で埋まっている。これではいくらサックをかえても意味が無い。
修理と調整の狭間にあるペン芯清掃が出来ないと本当の意味での調整師にはなれない。海外にはこういう中途半端な修理屋もどきがいるんだとビックリさせられた!いくらペン先ピカピカでもインクが出なけりゃ意味無し芳一。インクが出ない最後の理由がペンポイントの癖。通常なら左画像くらいにスリットを開けばニュルニュルとインクが出るものだが、書き出しが縦も横も掠れてまったく紙にインクがつかない!こりゃまいった!
どうやらペンポイントを溶接した後、Italic調の太字にするため、ペンポイントの腹と背を徹底的に薄くなるまで研磨されている。にも関わらず素人調整で内側のエッジを落としてある。これではスリットが紙に当たらずインクは出ない。
そこで書き出しの多少の引っ掛かりは良しとして、とにかく書き出しが掠れないような調整を施した。こちらが完成図。ペン芯にバランス良く乗ったペン先は美しい。
正面から見てこれほど美しい萬年筆は珍しい。
書き味はItalicというよりもソフト・ブロード・イタリックとでも表現した方がいいような太字?横線は糸よりも細く、縦線は筆圧によって太くでも細くでもなる。まさに使い手を選ぶ書き味じゃ!
残念ながら、どう考えても拙者には選ばれる資格はなさそうじゃ!
【 今回執筆時間:8時間 】 画像準備2.5h 修理調整4.5h 記事執筆1h
画像準備とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間