おそらくは調整講座に初登場のシグナム。これはPelikanの中でも異端児で、日本での評判は実に悪い?ずっと以前、まだ拙者が萬年筆に詳しくなかったころ、フェンテの集まりで諸先輩が、【シグナム?ああ、あれは最低のPelikanですよね・・・】と良いながらお互いにニヒルな笑いを浮かべていた。
その後、何本かは入手して使ったことはあるはずなのだが、まったく印象に残っていないのは、その方々の嘲笑があったからかもしれない。
今回の生贄は外装が金属でツルツルにメッキがされている。従って首軸以外を持つと滑ってまともな筆記が出来ない。ところが首軸部分を持ち、キャップを挿さないで筆記すれば結構イケル!依頼人からは【首軸先端部の鍍金の剥がれがなんとかならないか】という問いかけがあったが、これは無理難題。先端部に金属があり、かつ、そこでキャップを止める方式で、かつ、コンバーターも使うとなれば、首軸先端部はある意味ペンポイントの次に酷使される部分。そこに金属とか鍍金とかを使う方がおかしい。Pelikan製インクはともかく、強酸性のインクなどに触れる確率が高い部分の金属はまずいよなぁ・・・従って、再鍍金は意味なし!ということで却下。
それより書き味もダメダメなので、そちらを直しておこう。スリットは多少開いており問題はない。スリットをこじ開けた痕跡がスリットに残っている。これによってペン先の鍍金の一部が剥がれている。スリット部分に鍍金が施されているペン先はペン芯と分離してからスリットを拡げないとこういう事態になる。こちらは横顔。ペンポイントの研磨が甘い。露骨に斜面が出来ているため、寝かせる角度が変化すると紙に引っ掛かる確率が高い。
またペン芯先端部だけがペン先と接している。すなわち歪んで反ったペン芯がペン先を変な形状に押し上げている。これが書き味が悪く、紙に引っ掛かるもう一つの原因。ペン芯に乗せた状態を前から見るとこのようになっている。段差云々ではなく、向かって右側のペン先だけがペン芯によって押し上げられており、段差と同時に背開きになっている。
ペン芯を外してペン先だけを眺めればまったく段差の無い綺麗な状態なのじゃ。こういう場合はペン芯を削る方が理にかなっている。ペンポイントを正面から眺めていたら、どこかで見たことがある形状であるのに気付いた。しばらく考えて・・・
アッ!これはS.T. デュポンのクラシックと同じだ・・・・と。たしかにデュポンのクラシックシリーズはPelikanがOEMで作っていると言われていたし、拙者も過去のBlogで紹介していた・・・はず。ペン芯の形状やペン先の形状からそう判断していたのだが、ペンポイントの形状から似てると思ったのは初めて。小さな喜びであった。こちらがシグナムのペン芯。上から見るとスリットは1本。ハート穴が無い設計なので、空気はペン芯下の大きな穴から吸入するのだと思われる。(インクは空気穴を通してコンバーターで吸い上げると、以前の勉強会で聞いた)
そこで吸われた空気が、内部からペン芯上部へ回って、最後は左端の管の太い溝からコンバーターやカートリッジに入り、代わりにインクが細い溝を通ってペン芯側に供給される・・・かなり流体力学を研究しないとボタ落ちや呼吸困難が発生しそう。しかも地球規模の気候全てに対応するのはスパコンがないと計算できそうもない。ということで、海外産萬年筆が日本の四季の変化に対応できなくてもうるさく言わないようにな!
ペン芯がこのままでは背開きは永遠に直らない、そこでペン芯を炙ったり削ったりとかなり時間をかけて調整した。ペン芯の調整時間としては今までで一番時間がかかったのではないかな?通常、ペン芯は熱で柔らかくなるのだが、このペン芯は熱をかけてもほとんど柔らかくならない。熱処理をあきらめて研磨に方針を変えたのが時間がかかった原因!こちらがスリットの寄りを弱め、先端部を少し揃えたペン先。ペン先の根元のロゴが最近のDemonstratorの鉄ペンのものに似ているような気がするが・・・気のせいかな?585 14C という極めて整った刻印と、【F】の雑な刻印の差が気になるなぁ。
ペンポイント先端部はやや角研ぎ風になっているが、この後、ペン芯に乗せて首軸に押し込んでから最後の追い込みで形状はかなり変化する。これが最終的横顔。黒い首軸部分を握って書いたときに最も気持ちよいように調整した。
それで気付いたのだが、持つ位置を規定すれば研ぎはすごく楽!ペリカーノが書き味が良いのは握る位置を固定した状態を想定して自動研磨しているからであろう。
非常に見た目も美しく、書き味も整っていてすばらしいのだが、この書き味は飽きが来るのも早そう。ちょうどParker 51のMニブに似ている。
最初に使ったときには、そのニュルニュル感に驚愕する。ところが書いているうちにその安定した書き味に飽きてくる。実用で萬年筆を使う人にとっては最高なのだが、書き味の変化を楽しむ人は飽きてしまうだろう。
安定的に良い書き味よりも、日ごとの書き味の変化に対する不安とそれが解消されたときの喜び(=不安定な書き味)の方が萬年筆愛好家を楽しませてくれるような気がする。少なくとも、新しい萬年筆によろめかせるのには不安定な書き味の萬年筆を持つほうが良いと思う。堕ちなはれ〜!
【 今回執筆時間:4時間 】 画像準備1h 修理調整2h 記事執筆1h
画像準備とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間