今回の依頼品は研ぎ方名称指定でやってきた。タコスペには4種類の特殊研ぎがあるが、一番よく使うのが【タコスペ・コレドM】じゃ。
ところが、今回の要望は【これ・ドM】に研げという。【タコスペ・コレドM】から一工夫せよということだろう。
【タコスペ・コレドM】の特徴は、細く柔らかい書き味になるが、インクフローは少なめで、背書きの方が太くて滑らかというもの。そこで【これ・ドM】では【タコスペ・コレドM】から長所を全て取り去ってしまうことにする。堅さは変わらず、極細にもならず、インクフローも変わらず、背書きの方が細くてインクフローは少ないが書き味はマシ・・・という、良いところがない調整。しかも先端部が針のように尖っていて、チクチク痛い!それを楽しむというのを【これ・ドM】とした。残念ながらタコスペの称号を冠するわけにはいかないが・・・こちらが調整前のペン先。多少柔らかいなと思い、拡大してみるとP.F刻印付きの18金ペン先がついている。これは#600の後期モデルや#750(銀鍍金モデル)、#760の後期モデルやトレドに付いていたペン先じゃ。初期の#600や#760、初期トレドには金一色のE.N刻印付きのニブがついていたはず。
ペン先は綺麗に揃っているし、スリットも開いておりインクフローもなかなかだが、円盤研ぎによって細さを演出した研ぎなので、書いた際に多少猥雑な感覚が手に残る。この安っぽい書き味を濃厚なリキュールのような書き味に変えてみよう。舌触りはねっとりとしているが美味いわけではない。でも後を引く口あたり・・・みたいな。
円盤研ぎのニブに施す調整は一般的には【タコスペ・超不細工】。これはペン先をお辞儀させてインクフローを絞った極細を演出する調整。今回の【これ・ドM】ではペン先をお辞儀させないまま【タコスペ・超不細工】と同じように研ぎ、なおかつ、ペンポイントの背中の面積を狭めて背書き時のヌラヌラ感を落とし、カスカス感を演出する。ただし、通常筆記時の書き味は【細字らしく紙に食い込む感じがあるのに、引っかからないで書ける】ようにしたい。
現在の研ぎは、優等生的ではあるが、記憶に残らない書き味。頻繁にキャップを外していたずら書きしてみたい感じはまったくしない。大量の萬年筆にインクが入っている場合、頻繁にお呼びがかかるためには、特徴のある書き味でないと無理。そこで、二度とはしない、かわった調整を施してみよう。まずは、書き味を硬くするために、お辞儀ではなく、ペン先を少しだけ首軸に突っ込んだ。ペン先とペン芯の位置は動かしていない。太さを示す刻印【F】の全体が上から見えるギリギリのところまで押し込んだ。これ以上押し込んで【F】の刻印の一部が首軸に隠れてしまうと極めて美しくない。
ペン先はお辞儀させないまま、ペンポイントの背中側を猫背に研磨した。これは背中を削って細字を演出する【細美研ぎ】の理屈を参考にしている。背中側のペンポイントを削る量は【タコスペ・超不細工】よりは少なめ。ペンポイントの腹の研磨は【タコスペ・コレドM】よりは少し丸めを多くしている。仕上げに15,000番のラッピング・フィルムの上で角度を変えながら400字ほど書いてスムージングを行っている。仕上げにラッピング・フィルムをむやみに使うと書き出し掠れが発生するのだが、角度をピッタリと合わせれば問題はない。依頼人の筆記角度が、ペン習字講座のおかげで変わってきているのが気がかりだが・・・