今回の依頼品は万年筆博士の鼈甲&エボナイト軸。2001年11月に万年筆博士に注文したものらしい。ということは職人は田中さんということになる。たしかに田中さんらしいほんわりとした曲線の萬年筆じゃ。
よく職人さんは無口・・・と言われるが、こと萬年筆職人には当てはまらないようで、みなさん口が達者!田中さんも例外ではなかった。お会いする度に興味深いお話しを面白おかしく語ってくれた。依頼者は、この大柄の萬年筆をキャップを取った状態で床の上に落下させてしまったらしい。
パイロットはOEMでのペン先供給には積極的ではないが、何故か万年筆博士に対してだけはペン先を提供している。おそらくは15号ペン先だけ。それより小さなペン先はセーラーが提供しているが、いずれもが14金ペン先。万年筆としての基本の能力だけを考えれば、14金ペン先が最も万年筆に適しているというのが先代社長のポリシーらしい。金の含有量が増えるほどペン先の戻りが悪くなるのは事実なので決して間違ってはいない。それにしても見事に曲がったものじゃ。またずいぶんとコテ研ぎになっている。実は以前の田中さんの研ぎは紛れもないコテ研ぎだった。それが【筆記角度に忠実に研ぐとかえって引っ掛かりが出る】とおっしゃって研ぎ方を変えられたのは2003年~2004年くらいだったと記憶している。
実は極太ならコテ研ぎで十分。事実Zoomなどはコテ研ぎといっても通用するほどペンポイント上の平面が広い。その腹と先端部を少し丸めさえすればヌラヌラの書き味が体験できる。そして平面を丸めるほどにヌラヌラ感は減っていく。このひっかかりとヌラヌラの狭間の中に極太の書き味がの秘密が秘められている。
ただ数々の調整師の手にかかった萬年筆を何本も所有している依頼人には、このペン先の書き味が没個性に感じられたらしい。そこでひん曲がったのを機に、今までとは次元の違う書き味に味付けしてみよう。字を書くための萬年筆ではなく、書き味を楽しむための萬年筆。書いているだけでドーパミンが出てきて幸せになれる・・・そういう書き味にしてみよう。ペン芯はパイロットの15号ペン先用。このペン芯はセーラーのような冒険はしていないが、実にインクフローが安定し、ボタ落ちもほとんどない。
テストしてみたいのは筆記中の息切れだが、それだけ書く間にこちらが息切れしてしそうなので止めておこう。もうすこし首軸の中でキッチリと固定される方が安心できるなぁ。曲がった部分をヤットコで真っ直ぐにし、その上を耐水ペーパーで平らにしてうねりを無くする。そして最後に金磨き布で表面を擦ってピカピカに磨き上げる。
万年筆博士のペン先には無駄な装飾が少なく非常にシンプル。このシンプルさが非常に好き!拙者はバイカラーのペン先は好きではないので、万年筆博士のペン先にはほれぼれしてしまう。