今回の依頼品はMontblanc No.146。おそらくは1980年代の14Cのモデル。クリップは角形だが、前期の角形で後期よりも少しだけ角が落ちている。
大好きな素通しインク窓で首軸先端部もラッパ型ではないモデル。キャップを後ろに挿した場合の安定感は現行品よりは少しまし。ただ筆記中にポロっと緩くなることはある。タッチは拙者には柔らかすぎ、この後の14Kのペン先の方が好み。
M800がペン先の大きさや外装の緑縞にコストをかけているのに対して、No.146はペン芯や金属製吸入機構などにお金をかけているようじゃ。このNo.146が販売されていた当時は、#800はまだ発売開始直後だったはず。従って#800を販売する際、No.146を相当研究して弱点を突いた攻め方をしたかも?販売店がNo.146と比較して#800を奨めやすいような戦術を練った可能性はある。
当時の14C-O3Bのペン先や18C-3B(p.f)を使ってみるとペリカンの意気込みが良くわかる。この時代のNo.146の細字は柔らかすぎて、どう書いてもどっかしらのエッジが紙を引っ掻いてしまう。そういう人が安い1万円程度のMontblancの書き味に驚愕していた時代だった。つまりはNo.146はかなり書き手を選ぶ萬年筆だったと言える。当時の#600と同じように・・・こちらはペン先の拡大画像。ペン先はもう少し前に出した方が美しい。またスリットももう少し寄りを弱めた方が書き味がふんわりする。いずれにせよ、1時間程度はペン先の研磨や微調整に時間を費やさなければ極上の書き味にはならない。設計どおりでは(一般的)日本人の好む書き味は得られないということ。
この後の14Kのモデルになってペン先の剛性が上がってからのNo.146は調整によって書き味を上げる必要性が弱まり一般人が使っても使いこなせる萬年筆になった。
この事から考えると、Pelikanは#800をNo.149とNo.146の中間、#600をNo.146とNo.144の中間くらいの位置づけで投入し、#600の柔らかさでこの時代のNo.146に対抗しようとしていたのかもしれない。#600 vs No.146であれば、ペン先の柔軟さでは#600の勝ち、ボディの質感や丈夫さではNo.146の圧勝であったろう。少なくとも#600ではNo.146の相手にはなり得なかった。やはりNo.146に対抗できるのは#800であったろう。こちらは横顔。ペン先に段差があるので見にくいが、ペンポイントの研ぎは鉈型。柔らかいペン先の鉈型は細字では調整が難しい。鉈型でありながら円盤研ぎで円弧の一点で紙に接するように書かせる設計じゃ。円盤研ぎでは左右とも円なので筆圧で段差が出来ると、必ず引っかかる。むしろ平べったい曲面にして段差が出来ても引っかかりの影響を減じる措置をとらないとここち良い筆記は出来ない。
依頼人からは少しStubっぽい書き味に・・・という要望もあったがコレは却下!柔らかいペン先でStubは言語道断・・・と最近気付いた。ペンポイントが厚くて、ペン先が硬い時にStubは威力を発揮するが、柔らかいペン先でStubに研ぐと鉈型円盤研ぎよりも引っかかる確率が高まってしまう。こちらが今回の調整のメインテーマである段差。向かって左側がかなり上にずれているように見える。ただしMontblancが出荷段階でこんな段差を見過ごすわけがない。これはペン先のセンターがズレてペン芯の上での左右バランスが崩れたためであろう。Montblancのペン先はペン芯との接触に関してPelikanよりも神経質!ほんの少しズレても段差が出来る。
しかもこの時代のNo.146のペン先は柔らかい。ということはペン先の厚さが薄いことを意味する。ペン芯が同一、首軸の規格が同じであればペン先が薄ければ左右にブレやすくなるのは自明。せっかく首軸内部の長さが長くても締めるのが緩ければ意味が無い。それを証明するのがコチラの画像。ペン先の首軸内部に入る長さは長いのだが、その部分にインクがこびりついている。これはNo.149などの首軸への密着度の高いペン先ではほとんど発生しない。首軸への固定が弱いからこそ、インクが隙間に入り込んで固まるのじゃ。
今回の調整に当たって密着度を上げることも考えたが、その場合は異物を挟んだり塗ったりすることになり、分解調整を今後何度もやるであろうこの個体には向かないと考えた。そこで、首軸への固定をもっと緩くすることにした。そのかわり爪で押しても正しい位置にすぐに戻せるように出来るという前提で。
今回試してみたが、ボーグ・ルーペで見ながら爪で押せば、非常に精密なスリットとペン芯とのセンター合わせが可能なことがわかった。幸いにして依頼人もボーグ・ルーペを所持しているようなので、いくらでも微調整が出来るはずじゃ。こちらはピストン機構。弁がインクでドロドロに汚れているように見えるが、これは水をかければ簡単に洗浄できた。この汚れを放置しておくと、弁が削れてインクが後ろ側に回り、尻軸側からインクがにじみ出るようになる。そうすると弁を換えないと直らないが、Pelikanと違って弁の新品は流通していない。ジャンク品から調達しない限りご臨終になってしまう。弁の清掃は頻繁にやるべきなのだが、入手可能な分解工具はなく自作するしかない。TWSBIの分解工具で簡単に分解できるM800と比べるとメンテナビリティで大きく劣るところじゃ。