2012年06月04日

月曜日の調整報告 【 1950年代 Montblanc No.144・G 14K-BB ハイテク弁への交換 】

12今回の依頼品は1950年代のMontblanc No.144じゃ。ずっと以前の記事を読んでいたら、当時好きだったNo.14Xは、No.142、No.146、No.144、No.149の順番だったらしい。もちろん1950年代に限っての順番。それが今では、No.144が一番で、二番がNo.146となった。

1950年代の萬年筆は修理しやすさが一番大事で書き味等は二の次。そうなると修理しやすさと書き味のバランスが良いNo.144が消去法的に一番になる。実際、1950年代のモデルを1本だけ選べと言われたら、No.144が一番!二番はおそらくはNo.256。

ともあれ、今回の依頼内容は今までと全く違う。

34ペン先はかなりひっかかる。左右の研磨ムラとでも言うべき段差が出来ている。柔らかいペン先にはたまに見受けられる。
もちろん出荷時からあるものではなく、市場のどこかで修理人が研磨した際に出来たと思われる。電動式の研磨機を使う場合、ペン先に弾力があると発生しやすい。特に斜めに研磨機にあてたのに気付かないと左右のペンポイントの厚さを変えてしまう。海外の調整人にありがちな失敗じゃ。

この個体のペンポイントは多少寄りが強いのと、ペン先が前に出すぎているせいか、ペン先の固定が弱い。強筆圧の人が書いたらペン芯とペン先がずれてしまう可能性もあるので、少し首軸に押し込んでおこう。

5ペンポイントはかなり斜めに研磨されており、寝かせて書くとカリカリとものすごい筆記音をあげる。かなり立てて書くように調整されているらしい。特にペンポイントの腹の一番おいしい箇所が尖っていて段差もあるのでこのままでは筆記が楽しくあるまい。
しかし依頼人の本来の意図は別のところにあった。No.144のピストンの弁を特殊な樹脂製のものに変えられないかというのが今回の真の狙い。書き味改善はおかずのようなもの・・・

6左画像の右下が今回の個体に付いていたコルク製の弁。まだ新しくインク漏れを心配するほど交換してから時間は経過していない。
しかし依頼人はこれを自作の特殊樹脂製の弁(右上)と交換したいということじゃ。実は、数年前、依頼人はNo.142とNo.144、No.146の内径に適合しそうな弁を職人さんに依頼して作成した。特殊な樹脂の板(自作)を職人さんにわたし、液体窒素で凍らせて削って作るという方式だったと記憶している。
アイデアは秀逸、素材も完璧だったのだが、拙者の手元に来てからの微調整が出来ない。液体窒素で固めないと、刃物やサンドペーパーがまったく効かないほど弾力がある樹脂!で当時は断念していた。

今回はその時の残りをやや加工されたものが持ち込まれたので、トライしてみることにした。もしこの大きさの弁が量産されれば、世界の1950年代コレクターは狂喜乱舞するであろう。弁の交換時に軸を割るリスクから解放されるのじゃ!


7こちらが完成画像。前回は少し小さいねといってダメ出ししたのだが、今回ネジで強めに閉めてみると、樹脂弁は中央部が膨らみ内径より少し大きくなった。この状態で周囲にシリコングリースを塗って胴軸に入れてみると、良い感じに動く!大成功!
この画像の状態で軸に入れるわけではなく、ピストンは尻軸側から入れ、弁は胴軸の首軸側から入れてネジで固定するので、作業はかなり難しい。コルク弁なら水分を吸って太るのでそれほど神経質になる必要はないが、樹脂弁は水分で太らないので内径に合う太さにネジの締め付けの強弱で加減する必要があった。
実施に水の吸入を繰り返しても全く問題の無いレベルになった。もし内径とぴったりの樹脂製弁が出来れば世界は変わるであろうなぁ・・・現在は素材を供給できる会社は無いし、加工できる職人も1人しかいない。しかも二度と御免!というほど困難な作業らしい。まさに幻の1本かもしれない。

8910こちらはペン先を多少いじった物。今回の目的はペン先調整ではないので解説は省くが、インクフローも紙当たりも改善され、ひっかかりも無くなったので、絶妙なNo.144となった。しばらくインクをつけて書いてみて、やはりNo.144は1950年代の王者だと感じた。No.146は書き味の振れ幅が大きく、ごくわずかの絶妙な書き味を持つ個体と、多くの普通の書き味の個体という感じだが、No.144は絶妙なものは無いかわりに、大半が良い書き味に変化させられる。また軸も壊れにくい。調整師・修理人的観点ではNo.144が1950年代の一押しじゃな!


  【 今回執筆時間:3.5時間 】 画像準備1h 修理調整1.5記事執筆1h
画像準備
とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間
  
Posted by pelikan_1931 at 08:00│Comments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 萬年筆調整 
この記事へのコメント
venezia 2007さん

よく知った昔の馴染みの味・・・良い表現ですね。私は現代的な書き味が好きですが、たまにVintageで書くとき、同じような感情をいだきます。
Posted by pelikan_1931 at 2012年06月08日 11:15
師匠、修理・調整ありがとうございます。最近は50年代モンブランの収集から少し離れていたんですが、弁交換だけでなくこのBBニブのペン先調整までして頂くと、再び50年代ビンテージモンブランの「高みに堕ちてしまう。。。」ような気がします。まるで、よく知った昔の馴染みの味を久しぶりに思い出してしまい。。。またちょっと嵌まりそうでやばいかもしれません。
Posted by venezia 2007 at 2012年06月05日 23:43