2012年07月20日

金曜日の調整報告 【 1950年代 Montblanc No.146 14C-M  問題は・・・ 】

1今回の依頼品は1950年代のMontblanc No.146。生まれてから60年近く経過しているので、通常は体中に無理が来ている。なんせ拙者と同じくらいの歳じゃ。
先にPelikanがエレガントで機能的な回転吸入式の特許を取得したので、意地になって複雑怪奇な機構を生み出したのかもしれないが、テレスコープ吸入式はあまり褒められた方式とは思われない。
インクの酸でやられがちな金属製吸入機構を、すぐに収縮してしまうコルクだけでインクと隔てているなんて・・・化学知識ゼロの人が設計したとしか思われない。
Pelikanは元々が化学(インク)が本職の会社なので、機構に金属を使うなんてことはしないが、インクをPelikanからOEMで仕入れていたと噂されるMontblancだからこその無謀な冒険?
計測してみるとそれほど多量のインクを保持しているわけでもない。また当時のペン芯の能力では、それでも頻繁にインク漏れを起こす。
実用的な筆記具と言うよりも、機構を弄んで楽しむ精密文具。ミノックスのカメラのような感じさえする。だからこそ人を惹き付けて止まないのだろう。
この重量バランスとずっしり感を楽しみ出すと、筆記内容なんてどうでも良くなる。弄ぶこと自体が目的になってしまう。まさに【書く麻薬】じゃ。

2345ペン先はまったく劣化していない。すばらしく程度が良い。先端部が赤くなっているのは、多少お辞儀しているから。スリットも適度に開き、インクフローにも問題は無い。ペン先とペン芯の間に少し隙間があったが、これはペン芯をヒートガンであぶってカーブを修正し、ぴったりと合わせることが出来た。
海外の名人と言われる人の手になるVintageでも、この肉厚のペン芯とペン先との密着には手抜きが多い。ペン芯先端部だけを曲げてペン先に密着させているだけの場合がほとんど。本来はペン芯のカーブをペン先のカーブをピッタリ合わせなければならない部分もあるのだがな・・・。薄いペン芯は熱で加工しやすいので簡単だが、肉厚ペン芯は曲げるのに力と時間がかかるので、ほとんどやれらていない。

この個体にはインクをあまり吸わないというトラブルがある。実際に吸入させようとしても、コルクが上がっていく感じがしない。これはやっかいだな・・・

6こちらはペン先の全体映像。傷も無く、実に綺麗なペン先!1950年代の技術ではあっても、切り割りはペン先刻印やハート穴の中央に走っている。SheafferやWaterman、はたまた最近のPelikanに見せてあげたいほど。
吸入機構は懲りすぎて成功したとは言えないが、ペン先の製造は見事の一言。まさにマイスターの仕事じゃ!
モンブランのMの刻印の回りの斜め線のエッチングなど息をのむほど美しい。これどうやって彫ったんだろう?Pelikan トレドの彫りよりもはるかに難しそうだが・・・

7今回、問題のある吸入機構がこちら。コルクは首軸側から、機構は尻軸側から外すのが原則。首軸が外れればだが。今回は新潟にヒートガンを持って行っていたんで、そこで首軸を外すことは出来た。ところがころがり落ちてきたコルクストッパーのリングを見て、現地での修理をあきらめた。

8このコルクを止めるピストン先端部が、やや先細りになっているのがわかるかな?これによってコルクストッパーを回しても、コルクの厚みで、それが固定されるところまで回らないのじゃ。
それをごまかすためか、リングに接着剤を流し込んで固定しようとしていたらしいのだが、エボナイトには接着剤は効果が無いので、ポロっと外れていた。そのせいでコルクがほとんど動かない状態だったのであろう。

9ストッパーがちゃんと固定される位置まで回すと、コルクをかなり薄くしないといけない。またコルクの内径が大きすぎてそこからもインクが後ろに回っていた。

そこでコルクを新し物に変え、厚みはポケッチャー(ポケットに入る調整器具)に一番荒い砥石を付けて削った。いままではサンドペーパーで削っていたのだが、どうしても薄く削ろうとすると、異常に時間がかかったり、斜めに削れたりする。時には指を削ってしまう・・・
そこでペン先用の研磨機を使ったのだが、これが大成功!薄くて片寄りのない弁になった。弁は取り付ける前にイボタ蝋を溶かしたものに浸し、蝋まみれにする。これによってコルクの穴に蝋が詰まりそこからにインクの後方への回りを防げる。
胴軸の内壁にはシリコングリースを万遍なく塗り、首軸側からコルクを押し込み、ストッパーをねじ込む。最後は専用のストッパー回しで強く固定する。
その状態で尻軸を捻りながらストッパーを押すことによってコルクを一番上まであげる。ここで綿棒に洗浄液を浸した物で胴軸内側を擦って蝋のカスを取り除く。次いでエアーダスターで細かい粉末も吹き飛ばす。最後に、再度シリコングリースを内壁に塗ってピストンの動きを確認した後で首軸を締める。その際、首軸内側のネジにもシリコングリースを塗って、次回外れやすくしておいた。
萬年筆研究会【WAGNER】での修理は萬年筆の素人をターゲットにしているわけではない。部品を外れないようにするよりも、外れやすくするのがポイントなのじゃ。将来、自分で分解清掃をしてみたくなることもあるのでな。


【 今回執筆時間:3時間 】 画像準備1h 修理調整1記事執筆1h
画像準備
とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間

Posted by pelikan_1931 at 09:30│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 萬年筆調整