今回の依頼品は1950年代のMontblanc No.146。生まれてから60年近く経過しているので、通常は体中に無理が来ている。なんせ拙者と同じくらいの歳じゃ。
先にPelikanがエレガントで機能的な回転吸入式の特許を取得したので、意地になって複雑怪奇な機構を生み出したのかもしれないが、テレスコープ吸入式はあまり褒められた方式とは思われない。
インクの酸でやられがちな金属製吸入機構を、すぐに収縮してしまうコルクだけでインクと隔てているなんて・・・化学知識ゼロの人が設計したとしか思われない。
Pelikanは元々が化学(インク)が本職の会社なので、機構に金属を使うなんてことはしないが、インクをPelikanからOEMで仕入れていたと噂されるMontblancだからこその無謀な冒険?
計測してみるとそれほど多量のインクを保持しているわけでもない。また当時のペン芯の能力では、それでも頻繁にインク漏れを起こす。
実用的な筆記具と言うよりも、機構を弄んで楽しむ精密文具。ミノックスのカメラのような感じさえする。だからこそ人を惹き付けて止まないのだろう。
この重量バランスとずっしり感を楽しみ出すと、筆記内容なんてどうでも良くなる。弄ぶこと自体が目的になってしまう。まさに【書く麻薬】じゃ。
ペン先はまったく劣化していない。すばらしく程度が良い。先端部が赤くなっているのは、多少お辞儀しているから。スリットも適度に開き、インクフローにも問題は無い。ペン先とペン芯の間に少し隙間があったが、これはペン芯をヒートガンであぶってカーブを修正し、ぴったりと合わせることが出来た。
海外の名人と言われる人の手になるVintageでも、この肉厚のペン芯とペン先との密着には手抜きが多い。ペン芯先端部だけを曲げてペン先に密着させているだけの場合がほとんど。本来はペン芯のカーブをペン先のカーブをピッタリ合わせなければならない部分もあるのだがな・・・。薄いペン芯は熱で加工しやすいので簡単だが、肉厚ペン芯は曲げるのに力と時間がかかるので、ほとんどやれらていない。
この個体にはインクをあまり吸わないというトラブルがある。実際に吸入させようとしても、コルクが上がっていく感じがしない。これはやっかいだな・・・
こちらはペン先の全体映像。傷も無く、実に綺麗なペン先!1950年代の技術ではあっても、切り割りはペン先刻印やハート穴の中央に走っている。SheafferやWaterman、はたまた最近のPelikanに見せてあげたいほど。
吸入機構は懲りすぎて成功したとは言えないが、ペン先の製造は見事の一言。まさにマイスターの仕事じゃ!
モンブランのMの刻印の回りの斜め線のエッチングなど息をのむほど美しい。これどうやって彫ったんだろう?Pelikan トレドの彫りよりもはるかに難しそうだが・・・