今回の依頼品は1970年代のMontblanc No.146。依頼人によると、尻軸からのインク漏れやペン先がメチャクチャに傷ついていること、さらには握っていると指がインクで汚れるとのこと。
この手は、国内オークションで素人から入手したケースが多い。真の萬年筆愛好家ならこんな個体をオークションに出したりはしない。
またプロの古物商もまずは相手にしない。こんなもの売ったら信用問題になる。
危ないのは素人の似非万年筆好き。グレシャムの法則【悪貨は良貨を駆逐する】というべきか、万年筆ババ抜きというべきか、不具合のある萬年筆ほど(以前ほどではないが)国内オークションに何度も登場することが多い。まだまだ日本はオークション民度が低いのかもしれない。
左画像が問題のペン先。落としてひん曲がったペン先を自分で直そうとしてペンチでつまんでいじった痕がある。14金や18金のペン先はスチールよりもはるかに柔らかいので、ペンチがペン先に触れた瞬間に傷が付く。いわんや挟んだらアウト!
我々が精密ヤットコで挟んで修理する場合は、作業後、ペン先に付いた傷を耐水ペーパーで削り、金磨き布で擦って傷を消してからお返ししている。
しかし、このようにペンポイントの根本にまで傷を付けられては傷を完全に消すのは困難!やり過ぎるとペンポイントがポロっと逝ってしまう。
間違ってペン先を曲げた場合は、自分で修理しようとせず、メーカーに修理依頼するか、萬年筆研究会【WAGNER】へ持ち込まれたし。
こちらは横顔。左画像でわかるとおり、首軸先端部にクラックが入っている。ここからインクがにじみ出て、指を汚しているのじゃ。これは修理不能!
この現象はラッパ型の首軸先端部になってから解消された。古い形状のモデルへの憧れはあろうが、古い物ほど劣化が激しいのも事実。
そして何より完璧な品を安価でオークションに出すケースは稀だということは理解しておく必要がある。
またペン先が曲がっているため、ペン先とペン芯とがずいぶんと離れている。この状態ではインク切れが激しく満足な筆記は出来ない。
もっともペン先ならなんとかなる。食う日軸先端部のクラックはいかんともしがたいので、首軸先端部を持たないで筆記するようにした方が良い。
一応は内部にワセリンを付けてしばらくはインクが漏れないようにはしておくが、萬年筆を洗浄するまでの間しか効果がない。超音波洗浄機にかけたら一瞬でその応急措置の効果も終了する。
こちらが清掃前と清掃後のピストン機構。それにしてもずいぶんと汚れていた。インクがピストン弁を通り越して後ろにまわり、金属部分を汚していた。一部は酸で侵されている。
インクが後ろにまわった原因はピストン弁と胴軸内壁の摩擦によって弁の一部が劣化し、めくれ上がったところでインクの粒子がかたまり、その後の無理なピストンの上下によって弁がさらに傷つき、劣化した隙間からインクが後ろに回ったのだ。
スペアの弁が無い限り完全修復は出来ないが、サービスセンターに出せば、胴軸ごと交換され数万円を請求される?という懸念があり、ババ抜きが行われるのだろう。
たしかに弁交換しなければ完璧な修理は出来ない。が、弁の表面を滑らかに削って、シリコングリースを塗っておくだけでも当分はインクが後ろに回ることはない。
回ったらまた萬年筆研究会【WAGNER】に持ち込めば良い。すぐに洗浄してくれる人は何人もいる。
昨日の萬年筆研究会【WAGNER】定例会では、参加者は40人程度だったが、認定調整師が4人、調整師補が1人、裏調整師が1人いた。