2012年09月03日

月曜日の調整報告 【 1970年代 Montblanc No.146 18C-M なんじゃこりゃぁ? 】

@01今回の依頼品は1970年代のMontblanc No.146。依頼人によると、尻軸からのインク漏れやペン先がメチャクチャに傷ついていること、さらには握っていると指がインクで汚れるとのこと。
この手は、国内オークションで素人から入手したケースが多い。真の萬年筆愛好家ならこんな個体をオークションに出したりはしない。
またプロの古物商もまずは相手にしない。こんなもの売ったら信用問題になる。
危ないのは素人の似非万年筆好き。グレシャムの法則【悪貨は良貨を駆逐する】というべきか、万年筆ババ抜きというべきか、不具合のある萬年筆ほど(以前ほどではないが)国内オークションに何度も登場することが多い。まだまだ日本はオークション民度が低いのかもしれない。

23左画像が問題のペン先。落としてひん曲がったペン先を自分で直そうとしてペンチでつまんでいじった痕がある。14金や18金のペン先はスチールよりもはるかに柔らかいので、ペンチがペン先に触れた瞬間に傷が付く。いわんや挟んだらアウト!
我々が精密ヤットコで挟んで修理する場合は、作業後、ペン先に付いた傷を耐水ペーパーで削り、金磨き布で擦って傷を消してからお返ししている。
しかし、このようにペンポイントの根本にまで傷を付けられては傷を完全に消すのは困難!やり過ぎるとペンポイントがポロっと逝ってしまう。
間違ってペン先を曲げた場合は、自分で修理しようとせず、メーカーに修理依頼するか、萬年筆研究会【WAGNER】へ持ち込まれたし。

45こちらは横顔。左画像でわかるとおり、首軸先端部にクラックが入っている。ここからインクがにじみ出て、指を汚しているのじゃ。これは修理不能!
この現象はラッパ型の首軸先端部になってから解消された。古い形状のモデルへの憧れはあろうが、古い物ほど劣化が激しいのも事実。
そして何より完璧な品を安価でオークションに出すケースは稀だということは理解しておく必要がある。

またペン先が曲がっているため、ペン先とペン芯とがずいぶんと離れている。この状態ではインク切れが激しく満足な筆記は出来ない。
もっともペン先ならなんとかなる。食う日軸先端部のクラックはいかんともしがたいので、首軸先端部を持たないで筆記するようにした方が良い。
一応は内部にワセリンを付けてしばらくはインクが漏れないようにはしておくが、萬年筆を洗浄するまでの間しか効果がない。超音波洗浄機にかけたら一瞬でその応急措置の効果も終了する。

6こちらが清掃前と清掃後のピストン機構。それにしてもずいぶんと汚れていた。インクがピストン弁を通り越して後ろにまわり、金属部分を汚していた。一部は酸で侵されている。
インクが後ろにまわった原因はピストン弁と胴軸内壁の摩擦によって弁の一部が劣化し、めくれ上がったところでインクの粒子がかたまり、その後の無理なピストンの上下によって弁がさらに傷つき、劣化した隙間からインクが後ろに回ったのだ。
スペアの弁が無い限り完全修復は出来ないが、サービスセンターに出せば、胴軸ごと交換され数万円を請求される?という懸念があり、ババ抜きが行われるのだろう。
たしかに弁交換しなければ完璧な修理は出来ない。が、弁の表面を滑らかに削って、シリコングリースを塗っておくだけでも当分はインクが後ろに回ることはない。
回ったらまた萬年筆研究会【WAGNER】に持ち込めば良い。すぐに洗浄してくれる人は何人もいる。
昨日の萬年筆研究会【WAGNER】定例会では、参加者は40人程度だったが、認定調整師が4人、調整師補が1人、裏調整師が1人いた。

78こちらが曲がりを直し、表面の傷を磨いて、ペン先調整も施した状態。
18Cの柔らかいペン先で筆圧をかけるとすぐにペン先が開くので、スリットはほとんど開いていない。また元々が首軸付近を持つ人なので、筆圧も低くはないはず。
ペン先のスリットを開くのは、書き出しの筆圧が極端に低く、筆圧をかける前に横線を引いてしまうような人への対策なのじゃ。
縦線で書き出すケースがほとんどの人や、書き出し筆圧が高い人には、スリットを開く必要は全く無い。

910こちらが横顔。インクを含ませて書いてみると、No.146の18C時代独特の非常に柔らかい感触に手が溺れてしまう。
柔らかい書き味で抵抗がないと、すぐに書くことに飽きてしまう。柔らかいペン先ほど、どこか不安定な部分がある方が魅力的・・・というような話を昨日も何人かと話し合った。
四谷怪談獄門島のようなおぞましい書き味は困るが、ひょっこりひょうたん島のような軽やかな書き味も似合わない。

このMontblanc No.146 18C-M は修理調整の結果、【雪国】のようなすんばらしい書き味になった。もちろん、吉幾三ではなく、川端康成の【雪国】じゃ。


【 今回執筆時間:6時間 】 画像準備1.5h 修理調整3.5記事執筆1h
画像準備
とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間
 
Posted by pelikan_1931 at 09:00│Comments(1) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 萬年筆調整 
この記事へのコメント
師匠、誠にお手数おかけして申し訳ありません。 18C に憧れ、ついポチってしまったもので…。 私の想像以上の酷さで、ひたすら有り難いです。 しかしながら、だからこそ使わねば恩義に応えられませんので、これから大いに使わせて頂きます。 ありがとうございました! 
Posted by Parker45 at 2012年09月04日 00:40