水曜日の調整報告 【 Pelikan 100 14K-EF War Time 細字化 】
本日の依頼品はPelikan 100。Pelikan 100N以降400NNまではピストンの互換性があるので壊れた場合でも修理は楽だが、Pelikan 100のピストンは400NNなどと比べて細い。従ってOリングなどを使って修理するのが最近のトレンド。
キャップトップには2羽のペリカンが刻まれている。ということは創業100周年以降のモデルなので、War Time Capであっても不思議はない。ただしペン先はCN(クローム・ニッケル)ニブではなく 14 KARAT. と刻印されている。100NのCNニブは1939年ごろに登場したはずなのだがな。
Pelikan 100の時代は緑縞ではなく、マーブル・グリーンが主流であったが、そのほかにも様々な色や模様があった。しかしこのモデルが作られたころにはきらびやかなモデルは姿を消していたらしい。
このモデルは1942年10月末から1944年3月末までの間に作られたと思われる。根拠はコルクシールが黒いプラスティックに変わったのが1942年10月29日から、そして、Pelikan 100の製造が中止となったのが1944年3月31日だからじゃ。これはPelikan Bookの古い方の75頁に記載がある。(今回のモデルは黒いプラスティックの弁)
そしてキャップの装飾が消えたのはそれより少し前の1942年6月26日。従って両方の特徴を持つこのモデルは1942年11月以降に作られたと考えて間違いなかろう。なんと拙者より10歳年上。生まれてから70年になろうとしている。
本来は金属リングがあった部分に申し訳程度にギザギザを付けているが、これが意外と良い。パッと見た感じでは、Pelikan Fountain Pen に見える。
それにしても当時のPelikanの精度には驚く!キャップに空気穴が2つ空いているのだが、そのうちの一つをクリップで隠すようにして天冠を締めると、ペリカンの刻印の下面がクリップとピッタリと同じ位置に止まる。
以前、M800のキャップリングの刻印”PELIKAN"のIの真上にクリップの先端部が位置するような個体を探し回った事があった。その位置を意識してキャップを作ってはいなかったのだろう。ところが、このPelikan 100では、
キャップトップと
クリップと
キャップの空気穴の位置を計算して製造している。あきらかに完璧主義者が設計したモデルじゃな。どちらかといえば100Nの方が好きなのだが、今回の件で急に100の株が上がった。
左利きの押し書き、しかも極細好きということなので、本来はお辞儀した形状のPelikan のペン先など言語道断なのだが、好きな物はしょうがない。
ペン先の斜面の形状が美しくないのと、研磨がめちゃめちゃ雑!軍事工場に優秀な技術者をとられ、残された不器用な作業員が作ったのかもしれない。いくらなんでもこれじゃぁ使う気にならないであろう。すこしシェイプアップすると同時に左右のペン先の幅のバランスをとっておこう。
こちらは横顔。左右の画像を拡大してよく見ると奥側のペン先の方はハート穴の付近では上に出ているのに、ペンポイント先端部では辻褄が合っているのがわかる。
これはこれで良いのだが、この状態を放置すればペン先がインクで汚れたり、左右のペン先のバネ感が異なるので、鋭敏な感覚を持つ人には耐えられない書き味となる。
まずはペン先とペン芯を分離し、ペン先単体でハート穴付近からペンポイントまでの段差が無いように調整をする。
次にそれをペン芯に乗せてみる。この段階で段差が発生する場合には、ペン芯を削ってペン先単体で調整した状態を維持するのがコツ!
こちらが段差調整と表面研磨だけをした状態のペン先。いつもながら実に美しい。
ただよく見ると、ペン先の後端も少し不細工に研磨してある。これはソケットにペン芯に乗せたペン先を突っ込む時の生産性向上施策か?理由はわからないが、研磨が下手と言うことだけはわかる。
やはり戦争で荒廃した心では文化的な筆記具を本気で作る気にはなれないのかもしれない。いやいや、ペン先は戦前か戦後に作られたものを移植したのかもしれない。ものを大切にする独逸ではそういうニコイチは美徳だからなぁ・・・
こちらがペン先の斜面を研磨したペン先。少しカモノハシ状態にといであるのがわかるかな?以前なら3時間ほどかかった研磨が、ポケッチャーを使うと10分〜15分程度で終わる。それに手作業で仕上げをするだけ。
とにかく極細がいい!ということなのでインクフローは絞り気味に研いである。またスリットは少し寄りを強くしてある。
寄りを強くすると細字になる・・・と勘違いされている人もいる。寄りを強くすると、極細から極太までの色の変化、字幅の変化が大きくなるのじゃ。
寄りを絞ると字幅は狭く、インクは薄く、書き味は悪い。ただしこれらは筆圧を極めて弱くして書いたときの話。筆圧をかけて書くならば、ペン先は開き、インクは出るので字幅は太くなる。元が細いので、その差が際立つのが強寄せの特徴!
こちらは横顔。ペンポイントの背中側を丸めているのは、ひっくり返して書くためではない。字幅を狭める為じゃ。いわば、細美研ぎの応用。ペンポイントの背中側を落とすことによってペンが立った場合でも字幅は広がらない。
完成品で文字を書いてみる。EFをさらに研磨したので、書き味を期待するのは無理・・・だと思ったが、まぁまぁの書き味。左手に持って押し書きをしてみたが悪くない。本当はもう少しインクを出した方が書き味はいいなぁ・・・と思うのだが、EFをさらに細くというほどなので、はなから書き味はあきらめていると豪語されていた。
インクフローのよいジュルジュルという書き味ではなく、シュルシュルという乾いた筆記音を残す書き味だが慣れてしまえば気にならないかもしれないなぁ。
【 今回執筆時間:3.5時間 】 画像準備1h 修理調整1.5h 記事執筆1h
画像準備とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間
Posted by pelikan_1931 at 13:00│
Comments(9)│
mixiチェック
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萬年筆調整
でしたか! やはり衝動を抑えられないのでこの場をお借りして騒がせて下さい。
セーラー、ペリカン、モンブランの3社よ!
決して安くはない萬年筆を作るメーカーでありながら、クリップの真下にきちんと企業ロゴの中心位置が来るよう、キャップを作らないのは何故か!?
一部の自社製品では、クリップとロゴの位置をきちんと揃えたものを作っているくせに、射出成形のキャップなら、ロゴがどこに来ようともお構いなしという自己矛盾は、高級万年筆メーカーの、ものづくりの姿勢として、許されない!!
monolith6さん
おっしゃるとおり。それまでは気にしていなかったんですが、知ってからは気になってました。いまではあきらめましたが。
>以前、M800のキャップリングの刻印”PELIKAN"のIの真上にクリップの先端部が位置するような個体を探し回った事があった。その位置を意識してキャップを作ってはいなかったのだろう。
おぉ!Pelikan_1931 さんもこのようなことをしていた時期があったのですね!
これって私がギャーギャー騒いだからですか(今でも機会がある度に、騒ぎたい衝動を抑えられませんが)?私はペリカンを見ると、最初に個体のチェックをする場所が、正にクリップの延長線上とロゴの関係。偶然にも「I」の文字上にクリップが来るものを見つけたら必ず購入していました。そうやって、M1000とM800、M805はクリアしましたが、さすがにそれ以外のモデルは諦めました。同様に、MONT BLANC のロゴも T と B の間にクリップが来るのを探し始めて、早幾星霜... orz
Ikonta さん
あたりです。
G���nther Wagner Pelikan と彫られています。
天冠への彫り込み文字はGünther Wagnerに見えます。
勉強になります。
akiさん
生贄大募集中なのでいくらでもお持ち込み下さい。
Mont Peliさん
たしかにPELIKANの文字へのハッチの入れ方がMontblancのMの文字へのハッチの入れ方と似ていますね。
師匠またお世話になりありがとうございました。豪語というほど偉そうには言っていないつもりですが…”好きな物はしょうがない”といわれればそのとおりです。今度は太字も持ってきます。それから例のデモンストレーターのスリーブを木工用ボンドで固定したのも持ってきます。
師匠やMont Peliさんの指摘は鋭いですね。100は軸が脆いのでニブが流用されやすいのではないでしょうか。
>いやいや、ペン先は戦前か戦後に作られたものを移植したのかもしれない。
このペン先のぱっと見の印象ですが、先日ご紹介したサイト記事(Pelikan nib engravings)の先頭から2番目のニブの刻印パターンとそっくりですね。ニブサイズ(F)の刻印と上のKARATとの位置関係が少しずれていたり文字の特徴がちょっと違っている部分もありますけど、1929-1934年頃のMontblanc社製ニブ(OEM品)かもしれません。(より鮮明な Nibs Special の方の拡大写真と照合)