2012年09月05日

水曜日の調整報告 【 Pelikan M30 Rolled Gold 青軸 14C-M 書き味改善 】

1今回の生贄はPelikan M30。ずーっとPelikan M30 というモデル名だと思っていたが、キャップには Pelikan  30  Rolled Gold  Germany との刻印がある。
ただし過去に紹介した日本のカタログによれば Pelikan M30 となっているので、とりあえず Pelikan M30 としておく。
現在旅先なのでPelikan Book を確認することが出来ないので独逸でどう呼ばれていたのかは不明。

古い萬年筆だがほとんど未使用。以前の九州大会で生贄として大量に預かったPelikan 萬年筆の一部。機構の点検と書き味を少し改善して欲しいという簡単な要望だったが、過去にこのモデルを何度か修理失敗しているので先送りしていた。
1960年代のMontblanc 2桁番台と、PelikanのM30、M60、M100は出来れば触りたくない機種じゃ。なんせ樹脂が脆い。

23こちらがペン先の形状。何かに似ているなぁ~とずっと気になっていたのだが、Parker 45 に似てるんだ! たった今、気づいた。
当時のPelikanはトップブランドの位置にはおらず、常にParkerの影響を受けていたと思われる。PelikanのP1はParker 51の真似だったしな。
ただ、いずれもが回転吸入式にこだわっていたのがPelikanらしくて好きだが、M30の時代にはカートリッジが主流だったので、世間的には時代遅れとの評価だったかもしれない。もっとも、日本での外国製カートリッジ入手は今ほど簡単ではなかったので、少なくとも日本では回転吸入式の方が正解であったろう。

ペン先はガチガチに詰まっており、書き出しで筆圧をかけないとインクが出てこない。ボールペン世代が台頭し、その筆圧を支えるためにガチガチに堅いペン先を作らざるを得なかったのかもしれないが、これでは萬年筆愛好家の筆圧では使えない。(圧っちゃん以外には・・・)

45こちらは横顔。驚くことにペンポイントは丸研ぎではなく、かなり平べったく研がれている。この研ぎでは英語圏で商売するには難しいのではないかなぁ。ウムラウトやほにゃら?が数多く出てくる言語や、漢字圏では重宝されようが、殴り書きするような英語圏、特に米国では丸研ぎの方が当時から人気があったのではないかな?
現在のPelikanはついに丸研ぎに変えたし、MontblancもMは完璧な丸研ぎ。従って萬年筆愛好家の間では、Italicにペン先を研いでくれる調整師が人気らしい。先日のワシントンのペンショーでも何人か出ていたと聞いた。

6ペン先はペン芯ごとゴム板で挟んで前から引っ張れば簡単に抜ける。ペン先の内部には Pelikan M 14C-585 という刻印がある。
よく見ると、Pelikan 14C-585は綺麗な刻印で、Mというペンポイントの太さを表す刻印は後で打たれたらしく、位置もいいかげんだし、少し傾いている。
ひょっとすると、手作業で入れたのかもしれない・・・。このあたりの真実がわかるとおもしろいのだがな。

まるで、Pilotのエラボーのペン先のような複雑な形状をしている。それに合わせてペン芯も複雑な形状になっている。なぜこういう形状になっているかも不思議だが、ひとついえるのは、これが曲がっていないペン先だったら、首軸からペン先だけがするりと抜け落ちる事故が多発したかもしれない。
この形状ならペン芯に引っかかってペン先単体が抜け落ちることはない。ただそれだけの理由で複雑な形状を製造部門が受け入れたのだろうか?
日本なら工場部門が平気で設計部門の意向を却下するのは、どの会社でもあることだが、欧米では本社の意向は絶対なのかも?実は、現場を知らない設計者が不細工な構造を押しつけることが会社を誤らせる原因の一つでもあるのだが・・・

7こちらが、そのペン芯。上がペン先が乗っている方で、下がペン芯の裏側。インクはペン芯の下側の溝を通って途中まで送られ、その後上に回り、今度は上の溝を伝ってペン先のスリットにインクを供給する構造になっているようだ。
これは現在のPelikan M400などの回転吸入式のペン芯とはまったく違う構造となっている。ペン芯の銅軸側が極端に細いのは、カートリッジ式萬年筆の特徴。
当時のカタログを見るとPelikan M30は回転吸入式、Pelikan P30はカートリッジ式となっている。先端部を共有して、吸入機構だけを別にしたモデルを作っていたのじゃ。
日本でどちらが流行したかはあきらかだが、海外ではどうだったのだろう?たとえ米国といえども、最初はヨーロッパ型のカートリッジは入手しづらかったのではないかな?
ちなみに、ペン芯の裏にある大き凹は空気穴。筆記時にはここから入った空気がペン芯内部の空洞を通じてインクタンク、あるいは、カートリッジ内に空気を送り込み、その分だけインクを送り出す構造。
インクを吸入する際には、どのメーカーもインクを空気穴からドバっと吸いあげるとN御大から以前にうかがった。たしかに毛細管経由でインクを吸入していたら頭の血管がブチ切れるほど時間がかかるだろう。

8910こちらがスリットを少し拡げたペン先。具体的にはスキマゲージの0.1ミリをスリットに押し込んでグリグリして隙間を拡げる。その段階ではスリットの両側に金が醜い状態で盛り上がっているので、それを耐水ペーパーで削って平らにしてから、金磨き布で擦ってピカピカに磨き上げるのじゃ。
あとはスリットを拡げることによって表出した腹側のエッジを5000番の耐水ペーパーで丹念に落し、秘密のペーパーでバフがけしたあとで、書き味を試してみた。
ゲゲ!外見とは大違いで、ずいぶんと柔らかい書き味!インクフローが改善したことによって本来のペン先の実力が発揮されたのであろう。すばらしいペン先でではないか!

どうやらPelikan M30がヒットしなかったのは、ペン先の性能というよりは、軸の安っぽさが受け入れられなかったのであろう。いくらRolled Goldの立派な外套をまとっても中身が貧弱では迫力がなかった・・・?


【 今回執筆時間:3.5時間 】 画像準備1h 修理調整0.5記事執筆2h
画像準備
とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間

Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(3) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 萬年筆調整 
この記事へのコメント
akiさん

おそらくは、目印では?切り割りをいれるのは機械でしょうが、それがうまくいっているかどうかを目視で確認する為の模様だと思います。
いわゆる品質管理用ですかね。
Posted by pelikan_1931 at 2012年09月09日 08:15
装飾だと思いますよ。

ちなみに同時期のペリカノや下位モデルに使われたスチールのニブには両脇の線刻がないので、隠れた刻印部分を見なくてもゴールドニブと判別することができるようです。

Posted by TorPelikan at 2012年09月06日 09:42
師匠、いつも楽しみに拝見させていただいています。
素朴な疑問ですがニブの切り割りの根本の丸い刻印(ハート穴に相当する部分)は何か意味があるのでしょうか?それとも単なる装飾でしょうか。確かになにもないと素っ気無い感じですが。
Posted by aki at 2012年09月05日 21:40