昔の調整報告を読むと、今とは調整方針がまったく違うことがたまにあるが、今回がまさにそれ。
筆記角度30度くらいの人は、長刀の特長を使いこなせない。むしろStubの方が一般的には低筆記角度に向いている。
長刀型はかなり立ててペンを持ち、ハネやハライの時に手首を捻りながら勢いよくペンポイントを紙にぶつけるような人に向いている。
ここでは、長刀型に近づけるのではなく、もっと鉈型を突き詰めるべきだったろう。あるいはStubか。
そのためには、もう少し依頼人とカウンセリングしないといけなかった。
当時は早く削りたいがために、カウンセリングをおろそかにしたまま、研摩に入っていたようだ。もう最悪の赤面もの!
今回の依頼品はMontblanc No.146 の18Cペン先付き。
ストライプのインク窓に18Cのペン先・・・どうも時代が良くわからない。アセンブルした物かな?
依頼内容は【書き味の品格を上げて欲しい】とのこと。要するに高貴な風貌にもかかわらず、書き味が悪いのが我慢ならないようじゃ。
とうとう書き味も【品格】で表現されるようになったが、これが非常にわかりやすい。
【書き味が悪い】といわれてもどう悪いのか書いてみるまでわからないが、【書き味に品がない】と聞けば、おおよそ見当が付く。
ペン先は中白で非常に端正。やはりペン先はシンプルな模様・刻印の方が品がある。
それと18Kの刻印よりも、18Cの刻印の方が優しい感じがする。
そういう意味では最高に美しいペン先!ただ・・・ペン先のスリットは詰まっている。これではインクフローは悪い。
ゴリゴリと筆圧をかけないとインクは出てこない。筆圧がほぼゼロの依頼者は【下品な書き味】と感じるであろうな。
こちらは横から見た画像。もう少しペン芯が後ろの方が上品に見える。ただし首軸とペン芯の関係は、このあたりがベスト。
従ってごくわずかにペン先を前に出す事になる。
Montblanc以外のメーカーは、首軸内部に入っているニブの部分が少ないので、ペン先を前に出すのはぐらつきの原因になる。よい子は真似をしないように・・・
こちらはソケットから外した状態のペン先の裏表。問題になるほど多くはないが、エボ焼けが多少ある。
これは取り除いておいた方が良い。
また書き味が下品と感じられた理由は、依頼者とまったく筆記角度が合わなかったから。依頼者はペンを筆記角度が30度に近いほど寝かせて書く。
にもかかわらずこのペン先の研ぎは筆記角度60度程度を前提に研いである。従って研ぎが一番甘い【腹の後】で書いていたのじゃ。
調整がほとんど施されていない部分なので【下品】と感じられるのは当たり前じゃな。
20年ほど前に入手したデュポンのクラシックについていた【B】のポイントは表面がざらざらな【球】だった。
今なら舌なめずりして調整を楽しむのだが、当時はあまりにざらざらな書き味に閉口した。これがまさに【品の無い書き味】だった。
ボディも品が無いのならバランスが取れていて気にならない。ボディが美しいからこそ【品格】が問われてしまうのじゃ。
まずは品を上げるために綺麗に清掃した。そしてスリットを拡げ、筆記角度を依頼者に合わせた。
それにしても【18C】という比較的大きな刻印は美しい!やはり中白に【K】は無粋じゃ。
以前にも説明したが、スキマゲージを用いてスリットを拡げる際には、必ず裏側からコネる事。出ないとスリットの両側に金の盛り上がりが出来てしまう・・・
こちらが首軸への取り付けが終了したもの。
上から二番目の画像と比べると、姿形も【品位】が上がったような気がしないかな?
ごくわずかなスリットが低筆圧でもヌラヌラと書けるインクフローを提供してくれる。ペン先の研ぎは元々は鉈型。
これを若干ではあるが長刀形に研いでおいた。書き味だけ追求するのなら、ペンをひっくり返しても書けるように研磨するが、それでは【品位】が落ちてしまう。
高貴な萬年筆はひっくり返して書いたりしてはいけないのじゃ。