キャップに刻印がある場合、それを中古で購入する際の評価額は人によって変わる。
まったく気にしない人が10%ほど、タダでもイヤだという人が10%で、あとの方々はケースバイケースで評価されるだろうが・・・
一般的には刻印があれば安い方へ流れる。
拙者の場合は少し違っている。
(1)女性の個人名(ドイツ人)が彫ってある場合は、相場と同じ価格なら購入する。
(2)男性の個人名が彫ってあれば、パーツ取り用の価格で購入する。
(3)自動車メーカーの刻印(BMWやメルセデスなどのドイツメーカー)が入っていれば、相場+5,000円まで出す。
(4)それ以外の刻印(薬品会社など)が入っていれば、相場よりも5,000円安ければ購入する。
自動車メーカー刻印があれば、自動車メーカーと万年筆メーカーのダブルネームという評価をする。
これはPelikanでは見た記憶は無いが、Montblanc No.254では何度も見た。
この当時はカモノハシの削り出しはリュータでやっていた。コレだと左右対象に研磨するのが難しい。
その後、専用工具を自作したのだが、いまではポケッチャーやピタゴラスを使っている。
少し大きい径の回転砥石を使いたいときには、片持ちの電動砥石を使う。で、仕上げは以前からの自作工具でゆっくりと磨く。
そう、研摩も書き味調整も、趣味でもあり、芸術でもある。最期の状態にするまでのプロセスが妙味なのだ。やっぱり楽しい!
今回の【生贄】はPelikan 400NN。拙者が最も好きな萬年筆の一つじゃ。
特に、ST、F、Mあたりはこの上なくしなやかな書き味で楽しませてくれる。
最近やっと、Pelikan 400NNの復刻に奔走した人々の情熱がわかるようになってきた。
イロイロと書き比べていくと、良い物がわかってくる反面、今まで満足していた物に不満を持ちだしてしまう。
拙者の苦い経験。学生時代毎日通った蕎麦屋の、年中食べられる【冷やしタヌキソバ】が忘れられなくて、20年後に訪問して勇んで食べたら・・・
味は変わっていなかったのに、ちっともうまい感じなかった。舌が肥えてしまっていたから・・・この時は悲しかった。
萬年筆も同じ・・・そして既に自転車でもそうなっている自分が怖い。人間は一生満足しない生き物なのか・・・
この萬年筆には【FARWERKE HOECHST AG】という刻印がある。調べてみたら、現在では【Hoechst AG】と名前は変わっているものの現存する会社。
米国では薬局チェーンが広告入りのCombo(ペンシル・ナイフ)を大量に配布していた時期があるが、こちらはクライアントに配った記念品だと思われる。
創立記念などであれば年号が入るので、単なる記念品と考えるのが妥当であろう。
ペン先はOMで綺麗な形状をしているが、おぞましい書き味!これがペリカンかぁ!と叫びそうになった。
こんなに酷い書き味のPelikan 400NNに出会った事は無い。このあたりがオークション購入の恐ろしさじゃ。書いてみるまで書き味はわからない・・・
MとFの間くらいの太さにして欲しい・・・との依頼だった。このOMの幅をMとしての事と考えたので、多少細めと設定した。
しかしこの書き味の悪さは尋常ではない。何か根源的な構造上の欠陥か、材料上の問題があるはずじゃ。
横顔を見ると、明らかに摩耗したペンポイントを研磨した形跡がある。しかもポイントを外している。
これだけお辞儀したニブでこういう研磨をすれば先端が引っ掛かり気味になってしまう。
それにしても酷い書き味。やはり分解してみる必要があるなと考えて、ペン先とペン芯を専用工具で挟んで左に回したら・・・スポっと抜けた。これはやはり・・・
案の定、安いプラスティック製のソケットになっていた。これではペン先とペン芯は正しくホールドされない。
このソケットは後で作られた修理部品ではなく、400NNの末期にコストカットで作られたものという噂もある。
とするならば、同時期のペン先にも赤福のような材料不当表示があったのかも・・・邪推だが、最近、なんにも信じられない。
ペン芯には手抜きはない。お手本のようなエボナイト製ペン芯で非の打ち所がない。
ペン先はスリット先端が開いており、インクフローもそう悪くはない。にも関わらず惨くて酷い書き味。
事前に依頼者と打ち合わせていたとおり、【カモノハシ】にするしかあるまい。
しかしオブリークを【カモノハシ】にするというのは非常に危険。
ペン先先端の重量が、ペンポイント左右のイリジウムの長さの差異の影響で、大きく異なり、書きごこちに影響を与えるのは明白。
従ってそれも含めて調整する必要がある。調整には長時間かかるなぁ・・・
400NNのソケットは現行品と互換性がある。この現行品は、正規品のエボナイト製ソケットよりも丈夫で良い。実用にするならこちらを使った方が具合が良い。
それにしても何故、この割れやすくてサイズも微妙に違うまがい物が市場に多量に出回ったのか見当がつかない。やはり噂は本当なのかな・・・?
こちらがカモノハシ化を施したペン先ユニットじゃ。当初と比べてずいぶんと削っているのがわかろう。
実はここまで削らないと書き味は変化しなかったのじゃ。相当に剛性が高く、弾力が少ないニブだった・・・
やっとこれでペリカンの書き味になった。ペン先先端だけがピコピコと曲がる感じ。
Pelikan 400NNというよりも、M700トレドの初期のペン先についていた伝説の18C金一色ニブに似てはいるが、いっそうおもしろい。
イリジウムの重量に応じて削りを変えたので、拡大してみると形状は不格好だが書き味は極上。
ヘロヘロの柔らかさではなく、柔らかい中にも芯がある感じ。今までに経験したことの無い感触じゃ。
横顔を見ると、若干立てて書くように変わっている。柔らかいペン先ほど立てても書けるように調整するのじゃ。力を入れればペン先自体は寝てしまうからな。
また先端が紙に引っかからないように多少丸めてある。それにしても時間がかかった。24時ころから始めて終わったのは8時前。
それから約一ヶ月ほどの間、微調整を繰り返した。あの惨い書き味がここまで改善されたとは自分でも驚いている。
本日は雨・・・自転車を受取に行く日なのに・・・鬱!