その後、万年筆ユーザの筆記時の筆圧が低下した事が原因で、当時のペンポイントでは書き出しにインクが出にくい現象が増加。
徐々にペンポイントを少し開いて出荷するメーカーが増えていった。
スリットを見える程度には開かないにしても、ペンポイントの寄りは極めて弱くしているので、少しの筆圧でもすぐにインクが出るようになってきている。
メーカーもSNSから情報を集めることによて、少しずつ仕様を変化させてきている。プライドがあるのでユーザーには絶対に直接聞かないのが少し微笑ましい。
TWSBIはアントニオ猪木のように〔どうですかぁ〜、皆さん!〕と仕様を聞き、それに従った万年筆を作って成功した。こちらの方が圧倒的にユーザの評価が高くなる。
いまだにかたくなに(拙いといわれている)仕様を変えないメーカーもある。
(1)首軸先端部に金属を使うと腐食してボロボロになりやすいので、どんどん金装飾が減ってきているのだが・・・
★Pelikanのスーベレーンはかたくなに金色の金具を先端部につけている。デザイン重視だろうが、最近は素材変わったのかな?
なんせ最近はPelikan製万年筆を購入することがほとんどないのでなぁ。
★プラチナはセンチュリーでは首軸先端部の金属を止めたが、プレジデントでは残してある。これもデザイン重視だろう。
たしかに出雲などの蒔絵シリーズでは首軸先端部に金があった方が美しい。しかし強酸性のプラチナBBインクに耐えられるのだろうか?
(2)ペンポイントの隙間を絶対に空けないメーカーは、今やセーラーだけかも?
★セーラーはペン芯の性能が素晴らしい(世界一?)なので、インク供給能力が高く、スリットが詰まっていてもインクを供給できる自信があるのかな?
ただ特殊ペン先にはエンペラーを取り付けたりしている。大井町時代のフルハルターでお話聞いた時に森山さんは・・・
オレ、エンペラーは外して使ってるよ。必要無いもん!とおっしゃっていた。
そう、スリットを少しだけ開けば、エンペラーは不要だった。何よりメーカーロゴを隠すようなエンペラーはメーカーとしては苦渋の選択だったはず。
メーカーの立場から考えれば、商品の設計を変えるのには10年単位の時間がかかる。金型の減価償却や、製品の耐久試験にかかる費用と期間など考慮すべき事項は多い。
中国メーカーは製品コンセプトも機構も巧妙に世界中の万年筆を真似する。しかも個々の設計者レベルの独断のようだ。
それで1ロット(数万本)市場に出して反応を見る。
不具合があればすぐに直す。この繰り返しで性能を上げている。従って技術的には既に独逸レベルにはある。
ただ、商売は別。高い物を少しだけ売るよりも、高く見えそうな物を安く売る方がはるかに儲かることを彼らは知っている。
メーカーのプライドではなく、商売の機微を重視している。良い悪いの問題ではなく、どちらを重視するかという経営判断だ。
どちらが良いのかをAIに聞いてみたい物だが、残念ながらAIにどういう聞き方をするのが良いのかが拙者にはわからないなぁ・・・
WAGNERには★王家★に関連した偉い人?がいっぱいいる。
11月19日には【ダメ出しの女王】からの依頼を紹介したので、本日は【文鎮王子】からの依頼を紹介しよう。
【文鎮王子】はインクを入れない状態で70g以上の万年筆を持っている人だけに参加資格のある【文鎮倶楽部】の象徴。
NHKでもインタビューされ、近々発行の萬年筆関連書籍でも紹介されるらしい。文字通りWAGNERの【プリンス】じゃ。
依頼品は【WAGNER 2007】、パイロットのシルバーン・石垣をベースにした会員限定生産(40本)の万年筆。
約半数は死蔵されているはずだが、王子のように果敢に使い始める人もいる。
その際に、まず驚くのが、手が黒くなることと、軸模様を彫ってある部分の黒がだんだんと薄くなっていくこと。これはベンジンで拭けば綺麗に取れてしまう。
おそらくは黒みを増す為に、銀燻しの効果のある液かなにかを彫ってある部分に塗ったのであろう。
この彫りの部分は、あまり黒くない方が上品なので、ベンジンで全て拭き取るのが正解。拭き取った後でも、ルーペで見れば十分に黒いのがわかる。
こういう銀ものは、年月を重ねてだんだんと変色していくのが良いので、最初にベンジンで拭いたら、後はくたびれていく状態を楽しむのが正解ではないかな・・・
さて依頼内容であるが、もっとインクが出るようにして欲しいということ。
左の画像はインクを入れている状態だが、いかにもインクの出が苦しそうな感じがする。
国産メーカーの特徴として、どんな字幅であれ、ペン先のスリットの隙間が見えるのを好まない。Montblancもスリットを嫌う。
ところが、ちゃんと調整すれば多少スリットが開いている方が、はるかに気持ちよく開けることは調整経験者の間では常識。
筆圧が低くてインクフローが多いのが好きという、ごく少数(WAGNERでは多数)の人の為には調整が必須となる。
こちらは調整前のペン先の拡大図。途中からペンポイントまでの斜面が急角度に変化しているが、これが書き味の秘密のようじゃ。
この書き味に慣れてしまうと、やみつきになる。シルバーンはパイロット社員に最も人気のある万年筆と言われているが・・・
書き味というよりも書きごこちで比較したらそうなるのは想像に難くない。
しかし、ここまでスリットが内側に寄っていると、筆圧の低い【王子】には使い難いであろう。
筆圧不足を軸の重さでカバーするのが【文鎮】の目的だが、【WAGNER 2007】はコンバーターにインクを満タンにしても37gほどにしかならない。
萬年筆の重量に依存した筆圧上昇によるインク流量増が期待できないのであれば、スリットを開くしか無かろう。
ペン先はガッチリと首軸に食い込んでいて、そう簡単に外す訳にはいかない。従って裏からスキマゲージを入れてスリットを拡げる事は出来ない。
となれば残された手段はただ一つ。スキマゲージを表から入れて、傷がつかないようにスリットを拡げるしかない。この場合は手の感覚と経験だけが頼り。
力が足りなければスリットは拡がらないし、力を入れすぎると、スリットはラッパ型に開き、インクがペンポイントまで供給されなくなる。万事休すじゃ。
またスキマゲージの厚みも需要。厚すぎるとコジ入れた段階で、スリットの両側の金が盛り上がってしまう。薄すぎるとスリットは開かず、変な傷がつくのみ。
まさに経験と勘だけがたよりで、マニュアルが無い世界。指が覚えている感覚に頼るしかない。
ペンポイントの形状は左のとおり。これでは十分なインクフローにふさわしい書き味にならない。
拙者が最も好きな書き味は、以前のカスタムについていたコース・ニブのそれ。
シルバーンのニブと瓜二つで、やや小振りのペン先からインクがドクドクと出てくる書き味に感動した。さっそくそれと同じ調整を施してみよう。
細心の注意でスキマゲージでペン先先端の隙間を作る。時間をかけて少しずつ曲げるのではない。
時間をかけてペン先の弾力を確かめ、このペン先はどの程度の力を掛ければ左右に曲がって、かつ、曲がりすぎないか・・・を想定する。
この予感を養うのに一番時間をかける。
そして予感が確信に変わった瞬間に【エィ!】と力を入れるのじゃ。これで決まれば成功! 決まらなければ、そこから悪戦苦闘になる。
今回は一発で決まった!というかシルバーン関係は不思議と失敗がない。集中力が違うからかな?
先端部分を拡大してみると、しっかりとスリットが拡がっている。こうなれば、インクフローは良くなる。
ただし【出来るだけ太く!】という要望に対応するには、ペンポイントを研磨して接紙面積を拡大しなければならない。
これには320番の耐水ペーパーの上で、力強く8の字旋回を縦長、横長、それぞれ右回り、左回りで各20回ずつ、合計で80回転、やや強めの筆圧で削る。
その後は2500番と5000番のペーパーで研磨し、金磨き布で軽く8の字旋回を各10回ずつ程度する。
注意点:プラチナやロジウムが鍍金されて銀色になっているペン先の先端を金磨き布で各100回も8の字旋回をやると・・・
金磨き布の毛が触れてしまうペンポイント根元付近の鍍金が剥がれ、下の金色が出てくる可能性がある。
従って銀色ニブ、というか、ペン先周囲が銀色に鍍金されているものには8の字旋回は使えない。
また、21金ペン先の上に24金を鍍金しているセーラーには8の字旋回は一切使えない。
拙者は自分用のキングプロフィットでは、全て24金鍍金を剥がしてしまうので8の字旋回をしているがな。
完成したのを真横から見た画像。古のコースにはこういう研磨がされていた。
一見、筆記角度が固定されてしまいそうだが、十分に余裕角はとってあるので問題はない。
現在のシルバーンのペン先の形状では、コースの大きさのペンポイントは取り付けられないそうだ。
金型作成には通常1,000万円単位のお金がかかるので、2万本ほど発注すればコースを付けたシルバーンが実現出来るであろう。
夢は見るだけでは仕方がなく、かなえて初めて意味がある。すぐにでも2万本程度の受注をまとめられる集団にWAGNERを育て上げる必要があるということじゃ。
調整師が増えれば萬年筆市場は拡がるのは間違いない。逆にいつまでも試し書きによる偶然に期待していては、萬年筆の能力を過小評価されてしまう。
各万年筆販売店に一人は調整師がいるようなビジネスモデルを確立せねばなるまい。
年間6本萬年筆を購入する人を1万人組織出来れば、最低でも年間6万本は萬年筆が売れる。
全国100店に調整師を置けば、彼らは年最低600本の調整をすることになる。
萬年筆の平均価格を5万円とし、調整料を定価の10%とすれば、調整師の取り分は年間300万円。調整師単独では諸経費考えれば苦しいが、店主が調整を覚えれば十分成り立つ。
あとは販売店主の意欲だけじゃ。【Pen & message.】のような萬年筆店主が百人になった時、初めて萬年筆文化栄光の時代が再来する。