今ならここまでペンポイントの腹をこの角度で研摩するような調整はしない。むしろ腹を残して先端部を落とす。
しかし、この記事が書かれた時代は極端にペンを寝かせて筆圧をかけないで書くのが流行した時代。その時代の調整じゃな。
今どきワンレン・ボディコンやルーズ・ソックスはあり得ないが、その当時はもてはやされた。
なので、時代背景を知らないまま、調整されたペンポイントを見て批評してはいけないなと反省した。
なぜこのように調整されたのか?それは現在の持ち主向けの調整なのか?を対面で確認しながらやるのが本来の”対面調整”だ。
やはり”対面調整”は カウンセリング&治療 じゃな。ベルトコンベアー調整では不可能。
最近、調整付き1,000円万年筆のベルトコンベアー調整の機会が多いので、日曜日の仙台大会では久しぶりにゆっくりと対面調整を楽しみたいものじゃ。
今回の依頼品はMontblancのNo.146。微妙な時期の製品じゃ。
首軸先端とクリップは1970年代のMontblancの雰囲気でありながら、ペン先は1980年代の14Kが付いている。
インク窓は素通しでインク残量が非常に見やすい。ストライプ製のインク窓は異なる組成の樹脂を貼り合わせたような形状なので、クラックの心配があり、あまり好きではない。
No.149の場合には、インク窓のストライプの部分にクラックの始まりのような亀裂が発生する事が良くある。
精神衛生上非常に悪いが、幸いにしてインク漏れに至った症状は見たことはない。
症状はインクフローが悪いことと、ペン先に段差があること。左画像でわかるとおり、ペン先のスリットは徹底的に詰まっている。
毛細管現象は強いが、書き出しでインクが出ない!
毛細管現象を強めることばかりに目がいくと、書き出しカスレを軽視してしまうが、萬年筆に慣れるにつれて筆圧は下がり、結果として一番の悩みが【書き出しカスレ】となっていく。
この個体も、もう少しスリットを拡げる。ただし依頼者は最近、インクドバドバを好まなくなってきているので、ほんの少しだけ・・・
こちらがペンポイントを正面から撮影した画像。以前に紹介した方法じゃ。
すなわち、スキャナーの上にノックアウトブロックを置き、それに萬年筆を挿して撮影すしたもの。
非常にお手軽だが、12800dpi程度の解像度が必要となるので、そこそこの性能のスキャナーが必要となる。
ペン芯とペン先の左右のエラのバランスには問題無いにもかかわらず、ペン先の段差が出来ている。
この場合は、ペン先の先端だけが曲がっているか、ペン芯の向かって左側が盛り上がっているかじゃ。今回は向かって左側のペン先をお辞儀させることにした。
ただし単にお辞儀させるだけでは、スリットはさらに詰まってしまうので、いったんスリットを拡げてからお辞儀させることにした。
ペン先を外した状態の表側。おぉ!良いなぁ・・・綺麗なエボ焼け。インクを何種類か変えながら長い間使った雰囲気が残っている。
この雰囲気を残したままにしておきたいのだが、エボ焼けはインクフローの大敵!泣く泣く金の曇りをぬぐった。
金磨き布でゴシゴシやればすぐに汚れは落ちる。おまけに小さな傷も消えてピカピカになる。
こちらは裏側。エボ焼けもあるが汚れもある。おそらくは前の使用者がインクを入れたままで、ほとんど清掃をしてなかったと思われる。
こちらも金磨き布でゴシゴシやればすぐに綺麗になる。ただしエラの先端部分のエボ焼けは、多少強めに擦らないと落ちにくい。
こちらがスリットを拡げ、ペン先を清掃してから首軸に取り付けた画像じゃ。物の見事に綺麗になっているのがわかろう。
拙者はこの時代のシンプルな模様のNo.146のニブが大好きじゃ。刻印も深く書体もすっきり!ペンポイントからエラへ至る斜面も実に美しい。
ペンポイント部分の拡大図を見ると、ごくわずかにスリットが開いている事がわかろう。
この状態にするのは難しくないが、不安定な萬年筆をスキャナーのガラスの上に置いて、絶妙な角度でスリットを映し出すのには非常な根気がいる。
この一枚だけで1.5時間かかった・・・二度とやらない・・・
一見簡単そうに見えて、実は難しいこともあるというのを身をもって体験した。これならマクロレンズによる撮影の方がはるかに楽だった・・・
こちらが段差調整後の画像。前から見るとまるでスリットが詰まっているように見えるであろうが、実はごくわずかだけ開いている。
これはスキャナーのように、下から強い光を当てないと良く見えないほどの巾になっているから。
太字でインクドバドバが好きとか、細字でインクカスカスが好きとか、細字でインクがこんもり・・・という人の調整は非常に楽。
しかし、【細字でインクフローは良いが、インクが滲まない程度で用途はメモ書き】というような調整は非常に疲れる。
特に本人を前にしていない場合は【程度】の具合がわからないから。
微妙な調整は長い付き合いのある人か、対面で調整できる時間がないと無理じゃ。
ペンクリはカウンセリングの時間であり、調整は別に集中してやらないとアマチュア調整は出来ない。【アマチュアに妥協はない】からな。
こちらが横顔。調整前はあまりにエッジが立っていたので、全体に丸みを持たせた。
依頼者は【ダメ出しの女王】に似た癖の持ち主で、実際には筆記に当たって絶対に使わない角度にペンを倒して書いてみて・・・
一部にでもひっかかりがあると気になってしようがなくなってしまうタイプ。
従って引っ掛かりを無くするために、縦横無尽に丸めてある。これは【素人調整の初期に陥る失敗】と紙一重の技。
真似しない方がよい。調整は自分の使う角度±5°程度にしておくべき。使っているうちに筆記角度は変わっていくが、そうなったらまた調整すればよい。その為の調整講座じゃ。
このBlogを読んだだけでは身につかない。自分の萬年筆を犠牲にして実験してみて初めて身につくというか、身にしみる。
萬年筆なんぞ無限に生み出されてくる。たとえ10本つぶしてもしれているではないか! 諸君!Let's Try! ただしVintageでの実験はやめてね!
こちらはペンポイントの拡大画像。スキャナーのガラス面から離れているので、ピントはズレているが、それでも驚くほど焦点深度は深い。
この調整方法では、Montblanc No.146の潜在能力は出せない。
出すにはペンポイントにフラットな面を出してそこで書くようにすればよい。そうすれば【良い夢】が見られる。